爆竜戦隊アバレンジャーが面白い

   

爆竜戦隊アバレンジャー 主題歌爆竜戦隊アバレンジャー 主題歌

日曜日の朝7時半から放映されているスーパー戦隊シリーズ第27作目の『爆竜戦隊アバレンジャー』が面白い。

特別な含みはなく、“普通に面白い”というところがポイント。

これは一にも二にもストーリーの進行のテンポが小気味良いというところが、この番組を面白くしている最大の要因だと思う。

設定もテーマも、従来の戦隊モノの定石から大きく逸脱したところは何もない。

メカやキャラクターだって、特に魅力的なわけでもない。

たとえば、登場する恐竜たちだって、おもちゃの「ゾイド」の二番煎じ的なデザインだし、変身する役者も、個人的には前番組『忍風戦隊ハリケンジャー』のほうがルックスは良いと思う。

まぁ、こればかりは本当に私の趣味なんだけどね。

アバレ・イエローのいとうあいこちゃんよりは、ハリケンブルーの長澤奈央ちゃんのほうが可愛いし、“赤”のリーダー格の人物も、アバレッドの西興一朗よりも、ハリケンレッドの椎名鷹介のほうがジャニーズ系を精悍にしたようなルックスだ。

加えて、アバレンジャーには「やってやるぜぇ~!!」的な熱血漢がいない。

「アバレンジャー」という名前から連想される“暴れ”なわりには、みんな妙に行儀が良く礼儀が正しい。せいぜい、ベタにニヒルなアバレブルーが例外的な役柄といったところか。

アバレッドにしろ、アバレブラックにしろ、仲間と会話をするときは敬語で話すし、仲間のこともさんづけで呼んでいる。

気さくで陽気なキャラクターは、まぁ爽やかなんだけど、どうも根っからの善人な“人のいいお兄ちゃん”色が強く、ヒーローにしてはちょっと頼りない感じがしなくもない。

少なくとも、「人類の平和を守るため」とか「俺たちがやらなければ誰がやるんだ」的な昔のヒーローが背負っていた重みや自負はあまり感じられない。

いや、内面ではそう感じていつつも、それは表には出さないような演技をしているのかもしれないが、少なくとも“苦悩するヒーロー”、“使命感に燃えるヒーロー像”とは無縁だ。

もっとも、そのようなヒーロー像が今風なのかもしれないけど。

余談だが、私はこの新しいヒーロー像は『仮面ライダークウガ』の五代雄介を演じたオダギリジョーの功績が大きいと思っている。

誰にでも明るい笑顔で接するが、実は心の中で泣いている、人のいないところで苦しい表情を見せて悩んでいるかもしれない、だけど、人前では決してそのような表情は見せないというタイプのヒーローだ。

私は『クウガ』を見始めたとき、最初はこのようなキャラクターに違和感を感じたものだったが、次第共感を覚えるようになってきた。

全然暑苦しくないところがスマートだし、熱血過ぎないところが、かえって現代的でリアリティがあると思えてきたのだ。

星飛雄馬的な熱いど根性キャラは、今の時代では、マンガにすらならない、というよりも、むしろギャグの対象。浮世離れし過ぎなのだ。むしろ、普段は普通の人と紙一重だが、いざというときには頑張るというタイプのキャラクターのほうが身近にいそうだし、親近感も湧く。

閑話休題。アバレンジャーに話を戻す。

アバレンジャーはストーリーも単純明快だ。

“正義の味方が悪いヤツをやっつける”という単純明快な勧善懲悪が基本だ。

ゴレンジャーの黒十字軍が、幼稚園のバスをバスジャックしたり、たしかデンジマンだったと思うが、ベーダー一族が小学校の給食に毒を混ぜたりといった、なんというか地球を侵略(破滅)させるにしては、非常に局地的で小規模な作戦展開をさせる路線は忠実に踏襲されている。

間違っても『仮面ライダー龍騎』のようにライダーが何人もいて、ライダーそれぞれにも“個人的な事情”があるゆえ、誰が善で誰が悪だかハッキリと区分出来ないような設定にはなっていない。

要するに、一言で言ってしまえば、昔からの古き良き戦隊ヒーローモノの路線を忠実に踏襲している、ある意味なんの捻りも新しさもないストーリーなのだ。

話の内容だけを言ってしまうとね。

しかし、『爆竜戦隊アバレンジャー』を見始めると、結局最後までブラウン管に吸い寄せられてしまう。

それは、ストーリーの進行の心地よさ、場面の展開の小気味良さが良いからだと思う。

脚本と編集が良いんじゃないかと思う。

ストーリー進行にあたっての無駄な描写や、一つの場面に余計な余韻や無駄に長い時間を費やさない。

だから、ポン、ポンと話が気持ちよ次から次へと展開してゆく。

起承転結のメリハリが非常に鮮やかなのだ。

さらに、勿体ぶった映像が無い。

合体や変形のシーンで、やけに仰々しく長い時間を費やして毎週毎週同じ映像を使いまわすといったことも無い。いや、細かく見ればあるにはあるが、“またこの映像かよ”と思わないレベルだ。

惜しげもなく、よく見るとかなり凝った映像も、短いシークエンスでバンバンと投入している。

よって、ストーリーの進行度に「ひっかかり」がまったく無く、すいすいと30分がすごい速度で過ぎ去ってゆく。

この“ひっかかり”の無さと、物語の失速感の無いスムースさは、前回の『忍風戦隊アバレンジャー』のテンポとは随分と違ったのだ。

もったいつけたところは何もなく、本当に一定のビート感を保ったまま、あるいは緩やかに加速が加わりながら気持ちよくストーリーが進行してゆく様は、まるで難しいことをアタリマエのようにスルスルと吹いていってしまうスタン・ゲッツ(ts)のアドリヴを聴いているようだ。

彼のテナーサックスは、一聴“普通っぽい”が、いったん聴きだすと耳が吸いつけられて離れない魅力がある。

アバレンジャーの物語全体を彩る、かなり楽天的で明るいなトーンも気持ちがよい。

特にアバレッドとアバレイエローがそうだが、非常にキャラクターの性格が前向きなのだ。

「頑張れば出来る。」

「あきらめちゃダメだ。」

ともすれば説教臭くなりがちなメッセージを、巧みにそう感じさせないような展開で、それでも子供にも分かりやすく伝えようとする工夫をいたるところに凝らされているところが見事。

単なる戦隊モノシリーズのフォーマットに乗っかった番組に過ぎないと言えばそれまでかもしれないが、戦隊モノも回を重ねるにしたがって確実に進化してきている。

そして、『爆竜戦隊アバレンジャー』は、観るポイントは違うかもしれないが、子供も大人も楽しめる上質なエンターテイメントだということは疑いようもない事実だ。

放映中は視聴者を夢中にさせ、放映が終わったら「あーおもしろかった」と思わせる“普通に面白い”作品。

子供向けの番組だからこそ、嘘や手抜きや誤魔化しが許されないのだ。

手抜きや説教臭さの漂う作品には、鋭敏な感性を持った子供はソッポを向くに決まっている。

『アバレンジャー』の次の番組、『仮面ライダー555』がダークなトーンに彩られているから、なおさら余計にアバレンジャーの明るさと小気味の良さを心地よく感じるのかもしれない。

もっとも私は『555』の雰囲気も嫌いではないが。良い意味で二者は好対照な番組だと思う。

あ、あと、アバレブラックに変身する役者の名前が「阿部薫」と同姓同名だというところも、個人的にはツボだ(笑)。

記:2003/05/11

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