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奄美・歴史探索の旅 8

奄美・歴史探索の旅 8

text:高良俊礼(Sounds Pal)

「奄美・歴史探索の旅 7」の続きです。

天川(アマンギョ)の滝

集落と言うには大きくて人口もそこそこ多い朝仁(あさに)。

かつては海水浴場として、今は散歩やシーカヤックの場所として市民に人気の朝仁海岸があることで知られているが、その海岸の東側には小さな川が流れている事を気に留める人はあまりおらず、その川を上ってゆくと、小宿トンネル手前の山すそに「天川(アマンギョ)の滝」という滝があるという事を知る人はほとんどいない。

ところが天川の滝も、その流域の天川地区も、多くの伝承と様々な歴史の足跡が眠っている、とても面白い地域なのだ。

朝仁の歴史を辿る

まず、朝仁には貝塚がある。

その事から、かつてここは古代、そこそこの規模の集落があった訳だが、戦後開発工事をしていた時に天川一帯から弥生時代の土器や器、石斧などが地中から発掘され、調査の結果遺跡と断定された。

古代から中世、恐らくここは小規模な湊であり、遣唐使や平家の日宋貿易とも何らかの関わりはあっただろうと、断片的に伝えられているが、詳しい事は判らない。

郷土誌や歴史の資料に「朝仁集落のはじまり」として記述されているのは、江戸時代後期の事である。

その頃奄美は、薩摩藩(正式には鹿児島藩)の政策により、各地で大規模な開拓や干拓などの工事が行われており、朝仁にも隣の小宿集落から人々が移り住み、まず小宿に最も近い天川地区から西へ西へと開墾を続け、その結果として朝仁という村が出来た。と。

先史時代からいきなり江戸後期に、話が飛んでいるのはよくあること。

そして私の中には「小宿から入植してきた人達の前に住んでいた朝仁の人達は?」という、素朴な、そしてごく真っ当な疑問が頭に浮いてきたので、とりあえずは天川近辺から歩いて朝仁の歴史を自分なりにおさらいしておこうと思った。

山に分け入る

天川の滝の脇にある旧道跡から山へ登ると、そこは鬱蒼と茂った木々に囲まれた静かな世界。

かつてまだダムが整備されていなかった頃天川は貴重な水源地で、藪の中には朽ち果てた浄水施設の残骸が眠っており、源流はその下にある谷底のような地形を穏やかに流れている。

とにかく山道は険しく、長年誰も入っていないような所なので、迷う事が一番怖い。

丁度分岐点になっているかのような小高い場所の土中から、青いポリバケツのようなものが覗いてる所があったので「迷ったらここへ戻って来よう」と思い、位置確認のため立ち止まった。

そこまでは良かった。

谷底に滑落

不意に、足元が「ズシャッ」という嫌な感覚と共に崩れた。崖の側の右足の所、そこまでは覚えている。

次の瞬間には、崖にへばりつくような恰好悪い姿勢で私は思いっきり谷底の川の所目指して滑落していた。

「あでっ」と尻もちを付いて川べりに転がった私だったが、幸い怪我はしていない。
3、4mか5、6mぐらい派手にズリ落ちたかな? まぁいいか、ちょいとよじ登って落ちた所に戻ろうと思って、崖を見上げた。

ところが、見上げた先にすぐあるだろうと思った分岐点が見えない。どころかそこに見えるのはただの壁面で、道や道が通っていそうな段差の形跡すら、ここからは全く見えない。つまり、よじ登ろうにもここからは掴まる足がかりさえないのだ。

私はどこから落ちてどこにいるのか、全く訳が分からなくなった。

意識化で鳴り響く太鼓の音

とりあえず気持ちを落ち着かせるため、天川の水を少し手にすくって口に含む。
美味い!
あちこちの源流地帯を巡り、そこの清流の水は大体飲んできたが、天川の水には「格別」の何かを感じた。

状況はつまり滑落であり、遭難。有り体にいえば最悪の「詰み」。しかし、ここでパニックを起こしたら地形的に非常にまずい。

周囲を見渡して、考え得る限りの「最悪」を次々予測する。膝まで浸かる水があれば、転倒して意識を失えば溺死はたやすい。ハブが潜んでいそうな岩陰もあるし、対岸から降りられそうな道を探すとしても、深い森に入ってしまえば方向感覚は微妙におかしくなり、更に迷う山中深くに入り込んでしまうだろう。

色んな危険を予測して、一旦シャットダウン。

「う~ん、色んな水を飲んできたけど、天川の水は格別ですなぁ」などと声に出して、気を平静に保ち、更に一服しながら泥だらけになった服を洗濯するために、シャツとズボンを脱いだ。状況は相変わらず最悪だが、服をゴシゴシ洗って、絞って絞ってパンパン叩くうちに、心細さは次第に消えて、何とかなりそうな気がしてきた。耳を澄ませば道を走る車のエンジン音が微かに聞こえる。

よし、川に沿って慎重に下りながら、よじ登れそうな場所を探そう。

その時、頭の中に不思議な光景が浮かんできた。

奄美では輪になって踊る八月踊り、あの太鼓をドンドン打ち鳴らす音のようなものが、意識下で大きくなってきたような気がして、冷静だった心は急にざわざわし出した。

これはあくまで気分の中の話なので、具体的な状況には作用しないだろう。ざわざわする気持ちにそう言い聞かせて慎重に川を下り、ようやく元来た道に戻れそうな緩やかな段差を見付けたので、そこから無事下山することが出来た。そして天川についての興味は、私の中でますます大きくワクワクするものになっていた。

~つづく

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

記:2019/05/11

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