ブルース・イン・ザ・クロゼット/バド・パウエル

   

一音に宿る強烈な「引力」

適度に危なっかしい箇所と、適度にハッとなる瞬間が入り混じった演奏。

中期バド・パウエルの「名盤」とはいえないかもしれないが、いつまでたっても「気になるアルバム」の1枚が『ブルース・イン・ザ・クロセット』だ。

ゴツゴツ、ザラザラとした触感は、中期、後期パウエル特有のもの。

パウエルの指による「天然ディストーション」のかかった異色なピアノの音色が、パウエルにしか出せない独特なメリハリ、イントネーションで奏でられる。

後半の急速調のアップテンポナンバーに全盛期のパウエルっぽさの片鱗を見出すこともできるが、個人的には1曲目の《ホェン・アイ・フォール・イン・ラヴ》こそが、この時期に獲得したパウエルならではの「味」だと感じる。

ほぼ和音のみで形作られるメロディ。

しかもその和音の音の粒は整然としておらず、パウエル的としかいいようがない歪みがなんともいえず染みてくるのだ。

このような表現スタイルは絶頂期のパウエルにはなかった。

絶頂期のパウエルのバラード表現は、もっと流麗でクラシカルで、ビシッと筋のとおった緊張感が貫かれていたものだ。

しかし、この時期のパウエルの表現は厳格なスピード感から、幻覚をもよおすような音の滲みと揺らぎを獲得しており、演奏テクニック的には若かりし日の超絶技巧は望むべくもないが、そのかわりにこの時期より芽生えてきた「味わいの深さ」は、不思議と耳をひきつけてやまないダークな魅力をたたえている。

そして、ピアノの音数が絶頂期と比較すると、かなり減ったぶん、一音に宿る「音の引力」のようなものが増しているような気がする。

冒頭の《ホェン・アイ・フォール・イン・ラヴ》。

短い演奏だが、このアルバムのムードを決定する演奏といえる。

このアルバムは、演奏も気になる(惹きつけられる)が、ジャケットのほうも気になる(惹かれる)1枚でもある。

スリムな妊婦のフォトもさることながら、右側の細長いフォントと、単語ごとに区切って改行されたタイトルの絶妙な隙間が個人的にはかなりツボなのです。

記:2012/11/15

album data

BLUES IN THE CLOSET (Verve)
- Bud Powell

1.When I Fall In Love
2.My Heart Stood Still
3.Blues In The Closet
4.Swingin' Till the Girls Come Home
5.I Know That You Know
6.Elogie
7.Woody'n You
8.I Should Care
9.Now's the Time
10.I Didn't Know What Time It Was
11.Be-Bop
12.52nd Street Theme

Bud Powell (p)
Ray Brown (b)
Osie Johnson (ds)

1956/09/23

 - ジャズ