カフェモンマルトル

text:高野雲

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『ジャズ構造改革』 トークイベント記

      2016/12/06

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先日、ジャズ喫茶「いーぐる」のイベントに顔を出してきました。
『ジャズ構造改革』のトークイベントです。

この本は、「いーぐる」のマスター後藤雅洋氏、評論家の中山康樹氏と、村井康司氏の3人の鼎談集です。

%e6%a7%8b%e9%80%a0%e6%94%b9%e9%9d%a9ジャズ構造改革 ~熱血トリオ座談会

この鼎談の模様をライブで見れるという興味と、この本、いまネット上(2ちゃんねるなど)で、一部のジャズファンが反発している、ある意味“問題本”でもあるので、もしかしたら、「この本に否定的な人とのやり取りが見れるかもしれないぞ!」という半ばプロレスの「因縁の試合」を観にいく感覚に近い、野次馬根性が参加した動機です。

だから、私はサクラなんかじゃないですよ。

どこかのブログに、店に入って右側のテーブルは、後藤氏のサクラがワンサカいたと書かれていましたが、そうではありません。
(ちゃんとアンチの方も潜入されていたのですね♪)

私を含め、右側の席に座っていた人たちは、たしかに「いーぐる」の常連さんではありますが、彼らは私同様に、それぞれの個人的興味や問題意識で参加したにすぎず、断じてサクラではないことを、ここでハッキリさせておきましょう。

彼ら常連さんは、今回のイベントに限らず、定期的に土曜日の午後に行われるイベントには必ず顔を出す熱心なジャズファンの方々たちでもあります(私は滅多に出席しない不マジメな常連)。

イベントそのものは、幸か不幸か(?)過激な論戦や、場が荒れるとか、そういったことはなく、比較的スムースに進行しました。

トークセッションの合間に、3氏がオススメの音源が流れ、これがまた私の好きな演奏ばかりだったので(一曲除く)、大音量で聴けて楽しかったです。

中山さん持参の音源は、マイルス・デイヴィスの『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の《バック・シート・ベティ》の未発表テイク。

“あの”印象的なイントロの前に、少し速めのテンポで助走して肩慣らしをしていたとは知らなかった。
この曲は、私が初めて映像で見たマイルス(新宿で行われたカムバック後の来日ライブ映像)ということもあり、非常に思い入れの深い曲ゆえ、未発表のバージョンが聴けたのは収穫でした。

マーカス・ミラーのベースが、いーぐるのJBLのスピーカーが放つ大音量で聴くと、ヌルッとした触感に加えて、滅茶苦茶腰の太い低音だということを再発見。

くわえて、演奏を強力に引っ張っているのは、若き日のマーカスだということもよく分かります。

村井氏が“聴き比べ”としてかけたのは、エリック・ドルフィーの《ガゼロニ》。

まずは、 エリック・ドルフィー、フレディ・ハバード、ボビー・ハッチャーソン、リチャード・デイヴィス、トニー・ウィリアムスによるオリジナルバージョンを聴きます。

そう、ブルーノートの『アウト・トゥ・ランチ』に収録のナンバーです。

私にとって、ドルフィーは好きなジャズマンの3本指に入るほどの人ですが、さらにそのドルフィーの好きなアルバムの3本指に入るアルバムの曲がかかったのは嬉しい限り。

続けてかかったのが、昨年発売された大友良英の『アウト・トゥ・ランチ』に収録されたバージョン。

私はこのアルバム、購入はしたものの、あまりピンとこなかったので、一度耳を通したっきりで、部屋の隅でホコリをかぶっている可哀想なCDなのですが、やっぱりピンとこなかった(笑)。

ノイジーな音色で、さらに脇の甘いリズムで演奏することが“21世紀の現代的ドルフィーの解釈”なのかな? と「?」がいくつも並ぶんですね。

もちろん、切り口や企画はどうでもいいんです。演奏が素晴らしければ。

たとえば、ジョン・ゾーンは、オーネット・コールマンの楽曲を『Spy Vs. Spy』というアルバムで、ノイジー、かつ痙攣的なリズムで再演していますが、こちらのほうは、オーネットのオリジナルを凌駕するんじゃないかというほどの素晴らしい演奏です。

個人的には、ジョン・ゾーンの作品の中ではベストに位置づけたいアルバムなほど。

なぜ、ゾーンによるノイジーなオーネットナンバーの演奏が素晴らしいのかというと、1にも2にも演奏力が圧倒的に優れているから。
そして、必要以上にオーネットのオリジナルを意識し過ぎることなく、あくまで自分の表現のための「素材」と割り切っていること。

そのことがかえって、オーネットの楽曲の持つオーネットらしさが浮き彫りとなっているところがこの作品の面白いところではあります。

しかし、同じくノイジーなアプローチをかけている大友良英のドルフィー解釈がつまらなく感じてしまうのは、アプローチの問題ではなく、演奏の力量の差なのだと感じました。

とはいえ、私、大友良英というミュージシャンは、恥ずかしながら今回の『アウト・トゥ・ランチ』で初めて知ったので、知っている人に言わせると、ライブではかなり凄い演奏をするらしいですね。

ディスクに封じ込められた音はイマイチでも、ライブではどうなのだろうと、少しだけ興味が湧きました。

さて、後藤氏がかけた音源。

最初はドルフィーの『アウト・ゼア』をかけるつもりだったそうですが、ドルフィーをかけると村井氏とダブるので、急遽アンリ・テキシェの『粘土の城壁』に収録されている《サクリファイス》に変更。

これ、かなーり素晴らしいアルバムです。
くわえて、かなりエキサイティングな演奏です。

正直、息子のセバスチャン・テキシェのサックスは、北半球のガトーみたいで好きではないのですが(ガトーは好きですが)、父ちゃんのベースといったら凄まじい。

ベースソロの重低音、4弦の開放の最低音よりもさらに低いと思われる音域で、ガジャガジャやっている演奏は、正直、何をどうやって弾いているのか、ベーシストの私でも、まったく理解不能。しかし、なんだかよく分からないけれどもスゴイ。ものすごい気迫が伝わってきます。

マダガスカル出身のドラマー、トニー・ラベソンも気迫のこもったリズムを叩きだしています。

これをかけた後の後藤さんが語った「ジャズは気合い・根性・リズム」の言葉が印象に残りました。

正直、私はジャズが死んだとか、死んでいないとか、そういうことはあまり考えたことはないし、今のジャズシーンの現状に対して、良いとか停滞しているとかといった意見を持つものではありません。

だからこそ、そういうことを考える(というよりは知る)には、良い勉強の機会になったとは思います。

『ジャズ構造改革』は、各方面で賛否両論を呼び、発売一ヶ月を待たずに増刷が決定したほどですが、否定派の論拠の大勢を占めるのが、素人ジャズサイト批判について、そして、全然「構造改革」について書かれてないじゃないかということだと思います。

ネット批判に関しては、私もメインのフィールドがネットということもあり、聞き捨てならないことも多いのですが、彼らの発言の裏には、ネット方面からも優秀なジャズの書き手が現れて欲しいという期待もあるんじゃないかと私は理解しているので(実際イベントで後藤さんもそう仰っていた)、よっしゃ、もっと頑張ってやろうじゃないのコノヤローでいきたいと思います。

肝心な“構造改革”についてが書かれてないじゃないか、に関しては、前半で後藤氏がその件を説明していました。

行政における構造改革において、まず最初にしたことは何か。
それは会計の正確な監査による徹底的な財務調査。
不良債権はどれぐらいあるのか、財政は果たして本当のところどれぐらい体力があるのか? という現状把握。
まずは、ジャズを取りまく現状の徹底的な見直し作業が、まずは構造改革の第一歩なのだ、と。

中山氏はその役割を「ゴミ当番」「交通整理」などという言葉で仰ってましたが(笑)、ジャズのシーンにおいて、そのような作業は今まで誰も行っていなかった。
だから、我々が、まずは現状のジャズシーンの現状を整理し、提示しようというのが、今回の“構造改革”の趣旨なのだそうです。

だとすると、それは確かにそのとおりですが、現状の整理・分析は構造改革の第一歩には違いないがが、最終目標ではないわけですよね。

じゃあ、我々リスナー、ジャズファンはこの現状を理解した後、一体何をすれば良いのかというゴールが明確には感じ取りにくい、というのが多くの読者の感想なのだと思います。

もちろん、“名盤の聴き直し作業”などの具体案は語られてはいます(その話題のところで、私の名前が登場したりもしていますが・笑)。

さらに、彼らの本音の部分は、要するに「構造」ではなく、お前らリスナーの1人1人の「意識」を改革せんとなにもはじまらねーんだよ、ということも見え隠れします(特に後藤さんの言葉の端々からは、吉祥寺の某マスターを信奉してるようじゃ、お先真っ暗だね、的な本音もうかがえるのだけれども深読みしすぎ?)。

しかし、ほかには何かないの? 
その先は? 
もっと具体的に教えてちょうだい!

と期待してしまうのも我々読者のワガママなところ。

だって、彼らの分析で炙り出された現状を知ってしまったら、普通の神経の人は少なくとも「楽しいなったら、楽しいな」にはならないわけですよ。

じゃあ、誰が、何を、どうすれば良いの? と繋がるのが普通の読者の興味なわけです。

その先の期待を抱かせつつ、正直、おもしろく読めたわりには、読後感のよろしくないこの本、私は一読者として、その続きを期待してしまうのです。

ジャズシーンの現状の見直し作業、交通整理がこの本の主目的であれば、『ジャズ構造改革ことはじめ』というタイトルのほうが、より内容に則していたのではないかと私は考えます。

そして、願わくば“前作は単なる警鐘に過ぎない”というキャッチコピーで、『ジャズ構造改革~実践編~』を出していただけることを望みます。

というか、出すのが義務じゃ(笑)。

というわけで、お願いします、彩流社さん!

さて、このイベントの後半で名指しで意見を求められた私。

《バックシート・ベティ》、《ガゼロニ》、《サクリファイス》と大好きな音源が流れたことは嬉しかったのですが、会場の固くマジメな雰囲気とテンションに満ちた演奏が続いたこともあって、

「ああ、ハードバップ聴きてぇ、モブレイやマクリーンを聴きてぇ~」などと、その場の空気にそぐわない、マヌケな発言をしてしまい、超大ヒンシュクを買ってしまいました(涙)。

あ、ちなみに、この発言で私はゆるーいジャズが好きで、ジャズに癒しの要素を求めている腑抜けた野郎だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。

特に、後藤氏のジャズは「気合い・根性・リズム」の発言の後だけに。

しかし、そうじゃないんでーす。

マクリーンだって根性のカタマリの人です。
ただ、根性、熱いスピリットの中にも、どこかリラックスできる「抜き」の要素がある。

50年代ハードバップに特に顕著な根性と気合が入っているにもかかわらず、「抜き」や「引き」のちょっとしたスキマを感じる要素や、リズムにも、聴き手の神経を逆撫でしない、柔らかな「丸み」がある。

これって、今のジャズにはなかなか感じられないものだし、求めえられないものなんでしょうかねぇ? といった趣旨の発言をしたつもりだったんですが、うまく伝わらなかったようです。(´_`。)グスン

イベント終了後の打ち上げで、同じ趣旨の質問をもう一度、後藤氏をはじめ他の方にも尋ねたところ、「それは無理っしょ」「時代が違うしね」で一蹴されて、またまた(´_`。)グスン

でありました。

いずれにせよ、濃いイベント体験でした。
イベント終了後、後藤さんは私の「モブレー聴きてぇ~」を汲み取ってくれたのか、ハンク・モブレーの『ソウル・ステーション』をかけてくれました。

次にかかったのが、『ブラックホークのマイルス・デイヴィス』。

その次が、アイク・ケベックの『ヘヴィー・ソウル』でございました。

「うちの選曲システムだと、こういう順番になるの」と仰る後藤さんでしたが、カチカチになった頭をほぐしてくれた、この選曲、このご配慮、どうもありがとうございました。
(^▽^)/

記:2006/03/19

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