ミック・カーンの自伝が面白い!

      2018/08/09

ミック・カーン自伝ミック・カーン自伝

ミック・カーンの自伝が出た!

私がベースをはじめた最大の動機は、ミック・カーンのようなベーシストになりたかったから。

だから、彼を真似て、最初からフレットレス無しのベースから始めたし(ベースの先生からは「キミねぇ、基礎も出来てないうちからなんでフレットレスなの?」と呆れられました)、フレットレスベース奏者といえば、ミック・カーンとパーシー・ジョーンズ以外いないと信じて疑っていなかったので、ジャコ・パストリアスというフレットレス・ベース奏者の存在を知ったのはずいぶん後のことだった。

とにかく超個性的なミック・カーンのベースラインは、JAPAN時代から「なんじゃこりゃ~、おもしれぇ!」と魅了されまくっていた。

残念なことに先年亡くなってしまったミック・カーンではあったが、幸いなことに自伝を残してくれていた。

日本語に翻訳された『ミック・カーン自伝』。

当然買いました。

デヴィッド・シルヴィアンとの確執

しかし、500ページを超えるボリュームゆえ、なかなか手をつけられずにいた。

読むのであればじっくりと腰を据えて読みたいと思っていたからね。

しかし、いつまでも「つん読」していても仕方がないということで重い腰を上げて読み始めたのだが、これがまた「面白い!」。

最後の1ページまで退屈することなく読み通せた。

ま、ジャパン時代からのファンゆえの予備知識があったからこその面白さなのかもしれないが、彼の思考パターンや発想が、まるで彼のフレットレスベースのプレイそのもののように感じられた。

文章を読みながらにして、まるでミック・カーンの音楽を聴いているような感覚を味わえるのだ。

もちろん日本語に翻訳された文章なので、原書につづられた原語のニュアンスとは異なるものになっているのだろうけれど、うねうねと蛇行を繰り返す独白と、行きつ戻りつの時系列は、まるで彼のうごめくベースラインそのもの。

読むにあたっての最大の関心ごとは、やはりデヴィッド・シルヴィアンとの確執だった。

「なるほど、そういう背景があったのか」となかば予想通りの内容ではあったが、ミック視点からのデイヴ像(デヴィッド・シルヴィアン像)は、かくのごとしだったのねと改めて納得。

主にジャパンのメンバーに対しての暴君ぶりや、ビジネス一人占め、おいしいところ持っていきぶりにミックをはじめメンバーは憤慨をつづけているわけだが、もっと根本的にある二人のアートや宗教に対しての考え方、捉え方は、読めば読むほど水と油ほどの違いがあり、なるほどビジネス上のトラブルがなくても、この二人はいつか袂を分かつ運命だったに違いないと思わせるものがあった。

この本の装丁は独特で、まるで横長のペーパーバックのよう。

最初は読みにくそうだなと違和感を感じたものだが、読んでいるうちにそんなことはまったく感じなくなり、まるで洋書をめくっているような感覚で読むことができた。

値段は少々高めの本ではあるが、CD1枚を買ったと思えばそれほど高い価格でもないし、出費したぶんの満足感(充実感)は感じさせてくれる。
まるでミック・カーンの「文字によるアルバム」を味わっているかのような気分になれるからだ。

すべてのカーン好き、JAPAN好き、そしてデヴィシル好きも必読の書だ。

記:2012/12/15

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