カフェモンマルトル

text:高野雲

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タバコ片手におとこのはなし

      2016/09/03

piano_woman

この本を、オトコの私が読む愉しみというのは、普段、決してオトコの前では交わされることのないガールズトークを覗き見る、いや、盗み聞きする(!?)愉しみにほかならない。

ま、おおよその想像はつくにせよ、けっこう、会話口調丸出しな文体ゆえ、臨場感のあるガールズトーク炸裂!って感じ。

オトコを射止めるためには、オンナは水面下でここまで努力し、オトコと別れた後には、オンナはここまでボロボロに傷つくのか。
そのような当たり前ではあるかもしれないけれど、そんな当たり前の女性の日常が、リアルに伝ってくる。

よく、オトコのエッセイには、

「過去の恋愛をズルズルと引きずるのはオトコで、オンナはあっさりと次に行き、いつまでも未練を引きずらない(女の恋愛メモリーは上書きである)」

といったことが書かれていることが多いが、たしかに、北方謙三や、村上龍のエッセイなどによく書かれているように、オンナは未練をいつまでもダラダラ、ズルズルと引きずらないのかもしれない。

しかし、そのかわりに失恋をした直後の数日の心のボロボロ度、叩きのめされ度はオトコ以上に半端なく、容赦ないほど傷つきまくるのだということが、この本からはリアルに伝わってくる。

だからこそオンナは、短期間で、ズタボロになるからこそ、短期間での、ゼロリセット、心の再生が可能なのかもしれない。

そう、昔のオトコと付き合っていたときの心をそれこそ、殺してしまうまで、徹底的に叩きのめすからこそ、だからこそ、新しいオンナとしてバージョンアップされてゆくのだ。

この叩きのめす過程に失敗すると、本当に自分で自分を殺して(=自殺)しまうこともあるのだろう。

反面、オトコは、もう少し、いい意味でも、悪い意味でも、心の精算が中途半端なのかもしれない。

ある時期に、徹底的に心の精算も、心の棚卸しもしないから、だからこそ、いつまでも未練がましいのかもしれない。

身体の構造以上に、ココロの構造が、オトコとオンナは違う。
なーんてことを、考えながら、この本を読んでいました。

記:2008/08/08
加筆修正:2009/02/16

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