ケニー・バレルとジョン・コルトレーン

   

text:高良俊礼(Sounds Pal)

ケニー・バレルとジョン・コルトレーン

「これからジャズを聴いてみようかな・・・」と思いながらジャズの世界に触れる人にとって、ジョン・コルトレーンとケニー・バレルは、最初の方で出会う確率がかなり高いジャズマンだ。

コルトレーンは、テナー・サックス奏者として、またはそれ以上に革新的なスタイルでジャズを大きく進化させた巨人として、そしてケニー・バレルは「ジャズギギター聴くならまずはこれ」と、オススメとして紹介されることが多いアーティスト。

どちらも初心者にとってはジャズという音楽の持つカッコ良さを、とても分かり易い形で伝えてくれることは間違いないわけだが、両者の表現スタンスは正反対と言っていいほど違う。

ジョン・コルトレーン

まずコルトレーン。

本格的なデビューを果たしてから41歳という若さで亡くなるまで、活躍した期間は僅か10年ちょっとだが、その短い時間の中でめくるめくスタイルを進化させながら、アグレッシブに突き進み、ジャズファンの中で賛否の議論の渦となるような刺激的な作品も数多く残した。

故に今でも(特に晩年の作品については)熱狂的に好きになる人と「ちょっと重た過ぎて・・・」と敬遠する人とに分かれるようだ。

ケニー・バレル

一方のケニー・バレルは1950年代半ばにデビューして今も存命。

長いキャリアの中でそれこそ膨大な量の作品を残しながらも一貫してブルージー、洗練された「都会の夜の空気」をそのギターの音とフレーズに纏わせながら聴かせるプレイで、正統・王道のモダン・ジャズを誠実に歩んできた人で、そのジェントルな芸風ゆえか、まずこの人のことを苦手だという人には私はまだ会ったことがない。

スマートなコルトレーン

1958年にレコーディングされた「ケニー・バレル&ジョン・コルトレーン」は、そんな全く異なる個性を持つ2人が共演したアルバム。

当時バレルもコルトレーンも「これからのジャズ・シーンを担う注目の若手」として売り出し中であり、そこに目を付けたプレスティジ・レコードが、得意のジャム・セッションで共演をお膳立てして実現した。

「夢の共演」が大好きなプレスティジとしては、コルトレーンとバレルの、全く異なる個性を持つ若手が、フレッシュにその個性をぶつけ合う熱演を期待しただろう。

ところがフタを開けてみると、両者の個性は互いを邪魔することなく、大人の余裕すら漂わせながら、スッキリと溶け合っている。

この頃といえば、マイルスのバンドを離れ、セロニアス・モンクのグループで”修業”をして身に付けた、空間埋め尽くし奏法である”シーツ・オブ・サウンド”を完成させたコルトレーンであり、確かにテンポの速い曲では快調に飛ばしてはいるが、どちらかというとシンプルで無駄のないフレージングで、次に出てくるバレルのことを考えて、一歩引いている感じがするし、その引き方が実にスマートで紳士的なのだ。

素晴らしいリズムセクション

リズム・セクションを務めるトミー・フラナガン、ポール・チェンバース、ジミー・コブのプレイがまたいい。

フラナガンはバレルとは同郷のデトロイト出身で、同じように洗練されたブルース・フィーリングを持つ職人肌のピアニスト、前年には「ザ・キャット」というアルバム・セッションで、バレル、コルトレーンと一緒にレコーディングを行っているので、両者の手の内は既に承知だったろう。

そのそこはかとない、でもしっかりとジャズのツボは抑えている沈着なピアノからは「何がどうやってきても、僕はしっかり支えます」という、これまた大人の余裕を感じる。

ポール・チェンバースとジミー・コブに関しては、これはもう当時のマイルス・バンドのリズム隊であり、この時代最も安定したビートをクールに提供できるコンビのひとつ。

コルトレーン好きとしては、その余りにもアッサリした大人な味わいに最初戸惑ったが、徐々に「これはケニー・バレルを主役にしたセッションにコルトレーンがゲスト参加したんだな」と思えてくるようになってからは、噛めば噛むほど味わいを増すバレルのギター、それを支える絶妙なリズム・セクション、その上にスパイスとして演奏全体を際立たせるコルトレーンのテナーを聴き、アンサンブルの妙や、さり気なくかっこいいプレイが醸す、上質な「ジャズの空気」にひたすら酔っている。

旧知の仲

最高の演奏が、バレルとコルトレーンのデュエット、つまりテナーとギターだけで綴られる《ホワイ・アイ・ワズ・ボーン》。

トレーンのテナーが奏でる美しい主旋律にバレルがコードバッキングとオブリガードで寄り添う、3分12秒のバラードで、この演奏のコルトレーンの「喋り過ぎず歌うテナー」と、バレルの「シャラーンと鳴らす和音から零れる切なさの滴」にはいつも泣かされてしまう。

実はバレルとコルトレーンは、お互いまだ無名だった頃、共にディジー・ガレスピーのバックバンドで腕を磨いていた仲であり、このセッションも彼らにとっては懐かしい同窓会のようなものだったかも知れない。

「何やる?」
「何でもいいぜ、楽にいこうや」

といった和やかなスタジオ内の空気が伝わってくる。互いの個性や演奏の細かいことよりも、何よりもこの雰囲気がいいし、このくつろいだ空気が一瞬一瞬真剣さで彩られるのがまたジャズの醍醐味だ。

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●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

記:2017/08/21

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