【三文日記】2012年7月

   

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7/1(sun)

雨、蒸す。

『1958 Miles』を聴いているうちに心地よい眠りに落ちる。

本田健『読むだけでお金に愛される22の言葉』(フォレスト出版)読了。

7/2(mon)

韓国版の『ドラゴン桜』もう少しで全話観終わりそう。

阿部ちゃんとはまったく違うタイプのキム・スロは、小林稔侍と大沢たかおを足して2で割った感じの顔で最初は違和感を感じたが、とにかく話が長いので(全16話!)、観ているうちに少しずつ、こちらのバージョンにも親近感が湧いてきている。

ナ・ヒョンジョン役のT-ARAのメンバージヨンの寄り目っぷりを見るたびに、前田敦子を思いだしてしまう。

7/3(tue)

ガンダムSEED、全話ようやく観終わる。

後半から少しずつ面白くなりはじめたので、観るペースが早くなってきた感じではあるが、続編の「DESTINY」にまで手をつけるかどうかは未定。

苫米地英人『正義という名の洗脳』(大和書房)読了。

7/4(wed)

語るべきことなきところに、ムリしてテキストをひねくり出すのはエネルギーの浪費、というより見る人、読む人に失礼にあたる、などとも思い始めていたり。

年とって体力も気力も衰えてきたのやもしれぬ。

なので、最近のブログのテキストの少なさは、その反映ともいえる。

7/5(thu)

先日の続き。

伝える必要のないものは伝えず、たくさん伝えたいことがあれば相応の分量、しかしその中間のものもあるわけで、そういう場合は最小限の情報量という使い分け。

たしか村上龍の『愛と幻想のファシズム』に、「スズメを撃つのにマグナムは使わないだろ?」的なセリフがあったが、まさにその考えに近く、自分の中での温度にむしろ最近のほうが忠実になってきているのかもしれない。

7/6(fri)

数年前に購入した富士通のノートPC、壊れそうで壊れず、ファンの音をガーガー言わせながら現在も奮闘中。

そろそろノートPCの買い替え時か。

息子がMacを欲しがっているので、そちらのほうが先決か。

7/7(sat)

息子と『アメイジング・スパイダーマン』を観に行く(日本語吹き替え、3Dではないほう)。

あまり期待はしていなかったが、そこそこ面白かったと思う。

しかし、土曜日午後というのに会場はガラガラ、大丈夫か?

7/8(sun)

気がつけば、もう7月。

あまり「夏!」という感じもしないが、さりとて「梅雨!」という感じもしない。

西村貴好『ほめる生き方』(マガジンハウス)読了。

7/9(mon)

ウイスキーに酔った状態のなか、心地よくマイルスの『カインド・オブ・ブルー』が染みてくる。

極上の演奏内容はいうまでもなく、このアルバムが放つ空気すらも高貴でありながらも、まどろみを助長する心地よさもたたえている。

いまさらながら名盤、いや大名盤だよなぁと一人夢心地な気分の中で納得。

7/10(tue)

暑いので、横浜で髪をばっさりとカット。

しかし、切った後で気がついたが、ここ十数年利用していた近所の美容院の担当さんが、店の前を通り過ぎたときに私のバッサリ頭を見てどう思うのか心配になってきた。

今の家に引っ越して以来、十数年、歩いてすぐの近所の美容院以外で髪をカットしてもらったことがないからね。

7/11(wed)

単調作業をバカにしてはならない。

退屈かつ膨大な作業量をこなしていくうちに、人は必ず工夫と要領を考えはじめる。

そこで生み出された思考パターンは血肉が伴っているものゆえホンモノで、自己啓発書などから得られる結論のみの有難い言葉などは実感と体験が伴わない限り、薄っぺらな馬の耳をスルーする念仏にしか過ぎないのかもしれない。

7/12(thu)

久々にBOZOを聴く。

空間的、構築的なサウンドの積み重ねの行間から醸しでる日本的ワビサビ情緒がたまらなく好きなんだな。

あたかも、饒舌な文章から慎重かつ大胆に文字を引き算していき、結果的に朴訥だが味のあるテキストに変貌を遂げたような、そんなサウンドキャラクターは独自の境地。

7/13(fri)

言い訳の達人の頭蓋骨をかち割り、脳の配線をいじくってみたい。

もし脳の回路をいじくることが可能になれば、配線をちょこっと変えるだけで、言い訳に費やされていた思考回路とエネルギーが、もっと生産的なことに向くだろうから、案外、言い訳人間は意識と行動のベクトルを変えさえすれば、いい仕事をするようになるのかもしれない。

かくいう私は、言い訳と反省と後悔を生み出すOSが最初から脳内に欠如しているような気がしてならない。

7/14(sat)

住んでいるマンションの部屋の廊下は吹き抜けのスペースに面しており、そこから得られる空気がけっこう居住空間に良い影響を及ぼしている。

ちょうど住居の中央にあたる部分のため、ここの窓を開けると、夏は涼しい空気が舞いこみ、ベランダの窓を開けると、新鮮な空気が流動していく仕組み。

よって、今年はまだ冷房のスイッチを一回も押したことがなく、昨年も数えるほどしか冷房は使わなかった。

7/15(sun)

昨日、行けなかったジャズ喫茶「いーぐる」での催しがユーストリームで配信されていた模様。

ウェブ上に残されていた映像を、ウイスキーとベビースターラーメン片手に見る。

リアルタイムで現場の空気を味わっていないというハンディがあるにせよ、うーん、あまり建設的な議論や、ハッとなるような言説はついぞ交わされず、閉塞した現状の再確認に終始していた感がする。

7/16(mon)

暑い。

近所の寿司屋が、もつ屋に変わっていた。

ここのところ近所の店がどんどん潰れて新しい店になり、その新しい店もあまり繁盛しているようには見えないという現象が続いている。

7/17(tue)

近所のラーメン屋がいつのまにか別のラーメン屋になっていた。

深夜、たまにしか行かない店ではあったが、滅茶苦茶美味いとは言い難いが、オリジナリティあふれる独特のメニューが多かったので、残念ではある。

しかし、開店初日の新しいラーメン屋、どんなもんかと思って早速覗いてみるも、自動発券機が故障しており、冷房が効いておらず店内猛暑、店員の手際はおそるおそるといった感じで見ているこちらが心配になってしまうほどで、肝心のラーメンの味は、200円代の少し高めのカップ麺程度の味だった。

7/18(wed)

結局自分はジャズ好きというよりもハードバップ好きなのだ。

進歩ない感性の持ち主の典型かもしれないが、昔のジャズと長らく飽きずに楽しめるという利点はある。

ミュージシャンの切り口、発想に驚きたいという欲望もあるが、安定したレールの上を走る列車から見える景色の違い(たしか岩浪洋三氏の喩え)を愉しみたいという欲望のほうが強いのかもしれない。。

7/19(thu)

どうしてこんなに腹が減るんだろう。

一日四食、多いときは五食以上の生活。

そのわりに太らないのは、ひとえに吸収した栄養が脳に回っているからなのだといいたいのだが、単にたくさん歩いているからだけだったりする。

7/20(fri)

苦労されてきたんですね。

たまにそういわれることがあるが、当の本人はあまり苦労してきたという自覚がなかったりする。

しかし、振り返ってみると、確かにあの時は今と比べると苦労していたと言えなくもないかな?と思える出来事がたくさんある。

7/21(sat)

ビル・エヴァンスの『コンセクレーション・ザ・ラスト』の《あなたと夜と音楽と》。

入院を勧められても断り続けた「ピアノ馬鹿」のピアノに取り憑かれた演奏とはこのことをいうのだろう。

決して名演とはいえないが、ドラムソロの後の凄まじきテンポの加速、いや暴走はいつ聴いても鳥肌もの。

7/22(sun)

長風呂心地よし。

本当はぬるめの長風呂が健康に良いそうだが、私の場合はどちらかというと江戸っ子風呂。

江戸っ子じゃなくて、浜っ子なんだけどね。

7/23(mon)

月9ドラマ『リッチマン,プアウーマン』。

第三話を観るが、なんだか面白いのか面白くないのかよく分からなくなってきた。

とかいいつつ結局最後まで観てしまうんだろうけど。

7/24(tue)

ドラマ『息もできない夏』。

ケーキ屋店員の武井咲、一瞬、蒼井優と勘違いする瞬間がある。

年とると誰もが同じように見えるようになるというが、いや違う、きっと輪郭が似ているからそう見えただけなんだ~。

7/25(wed)

暑いぞ、暑い、うだる暑さ。

ついに今年初、エアコンに手が伸び1時間ほど涼む。

田中裕輔『なぜマッキンゼーの人は年俸1億円でも辞めるのか?』(東洋経済新報社)読了。

7/26(thu)

ドナルド・ハリソンがドルフィーに捧げた演奏としての《ザ・プロフェット》。

昔はテレンス・ブランチャードのトランペットに続く彼のサックスソロの最後まで聞きとおせたものだが、今回はダメ、CDのストップボタンに手が伸びる。

で、モノホンのドルフィー・ファイヴスポットの《ザ・プロフェット》を再生すると、それはもう迫力、音圧一千倍、やっぱりこうでなくちゃ。

7/27(fri)

録画しておいた『となりのトトロ』を観る。

過去に一度観ている作品だが「トトロにまつわる都市伝説」を知った上で再鑑賞すると、また違った味わいがある。

つまり、トトロは死神だとか、サツキとメイは死んでいるとか、後半のサツキには影がないなどと、そういった類の話だが、このような深読みから浮かび上がる「田舎・川・サンダル・死」といったキーワードが、私が幼稚園時代に田舎で水死した女の子の友達をいやがおうでも思い出してしまい、青々と草木が生い茂げり、入道雲がモクモク湧き出る田舎の力強い景色がたたえる深い日本の夏の重厚さと、我々人を包み込むような巨大な恐ろしさを感じると同時に、亡くなった彼女には不謹慎かもしれないが、そのえもいえぬ怖さから生じるなんともいえぬ情緒をも感じてしまうのであった。

7/28(fri)

終電に近くなればなるほど、週末に近づけば近づくほど、電車の中は酔っ払いが増えるため、車内に下品な空気が充満してくる。

どうみても50を過ぎた泥酔オヤジたちが、オッパイ、オッパイ星人、エッチしてるの?イヒヒヒヒと車内で甲高い大声、うるさくてかなわん、本気で殺意が湧いてくるほど。

あとは同僚や部下の噂話と悪口と話題の相場は決まっていて、こういった類のオヤジは老後の年金無しの刑に処すべきだと思う。

7/29(sat)

出来る人のセルフ限界値が100だとすると、出来ない人のセルフ限界値は1程度なことが多い。

作業量、勉強量、仕事量など、自分で「これぐらい出来れば、まあまあだろう」と思える質・量は、人によって驚くほどの差がある。

出来ない人、怠け者な人ほど、自分の限界値を低く見積もり、その50%も達成できれば御の字だと思っている節がある(つまり出来る人との意識の差は200倍)。

7/30(sun)

ドラムが比較的単調にリズムを刻みながらも、演奏自体は決して単調ではない4ビートが、お休みミュージックとして最適。

その筆頭が、昔からマイルスの『カインド・オブ・ブルー』なのだが、そういえば、バド・パウエルの『アット・ザ・ゴールデン・サークル』のブルース演奏も就寝前にCDプレイヤーのトレイに載ることが多い。

《ブルース・イン・ザ・クロセット》に《スウェディッシュ・ペイストリー》は、昔からの愛聴ナンバーで、演奏の構成においては、特にメリハリも山場もなく淡々と演奏が進行してゆくだけの内容ゆえ、単調といえば単調なのかもしれないが、単に単調という一言では済まされない磁力がバドのピアノには宿っている。

7/31(sat)

火曜ドラマ『息もできない夏』。

木村佳乃の元旦那・要潤があまり悪役に見えない。

たとえば、若い頃の佐野史郎のような(『ずっとあなたが好きだった』『誰にも言えない』など)滲み出る不気味さを演出しようとしているのなら、ちょっと迫力不足の感が否めない。

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