ビンボー新婚生活 - カフェモンマルトル

カフェモンマルトル

ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

ビンボー新婚生活

      2015/12/27

Pocket

chabudai※この写真はイメージです

私が結婚したての頃の生活について書いてみようと思う。

我々が結婚してから2年半ほど暮らしたアパートは最悪だった。

築35年以上の木造造りの4世帯。建物のいたるところに無数のヒビが入っていて今にも崩壊しそうな外観。
目の前の道路を車やトラックが通るたびにみしみしと建物が揺れる。
狭い庭のようなものがあるが、草がぼうぼうに生い茂り、虫と爬虫類のオンパレード。
夏は暑く、冬は滅法寒い部屋。
薄っぺらな玄関の扉は、蝶番の調子が悪いのか建物が傾いているからか知らないが、開け閉めにはちょっとした工夫が必要だったし、洗濯機は家の外に置かねばならなかった。
トイレは台所と壁一枚隔てたすぐ隣にある。しかもボットン便所(笑)。
風呂は少し広かった。浴槽は昔の風呂らしく深かったので肩までどっぷり浸かることが出来たが、浴槽の表面が大きく割れていて、しかもクモとかネズミとかゴキブリなどの「同居人」がガサゴソとうごめいていた。
面白いのが、夜に風呂を沸かそうと電気をつけると、すごい勢いでガサガサガサガサ!!と黒い物体たちが浴槽と湯沸かし器の境のすき間に撤退してゆくこと。隠れてくれるのならまだ可愛げがあるが、ふてぶてしい脚長蜘蛛なんかは、人が湯につかっていると、天井から糸で落下してきて顔の前でコンニチワをする。

このアパートは最寄りの駅から歩いて15分から20分近く歩くという立地なので、仕事が遅くなって駅から歩いて帰るのは面倒くさくて疲れることこの上なし。
おまけに会社から電車で1時間以上かかる駅だったので、朝は早めに起きて出勤しなければならなかった。
冬の朝は本当に寒く、駅まで歩き、ホームで電車が来るのを待っている間に、体の芯まで完全に冷えきってしまう毎日だった。

なぜこのような環境で新婚生活の第一歩を踏み出したのかというと、私自身の強い希望と、妻が私の考えに面白がって同調してくれたからだ。

どういう考えなのかというと、
「ゼロからスタートするのではなくて、マイナス10ぐらいのレベルから出発しよう」ということ。

結婚するまでは、お互い、親元から離れて暮らしたことがなかった。
二十数年間もの長い間、親の家から学校なり会社なりに通っていたわけだ。
たしかに、親元での生活は快適だ。だがしかし、この快適な環境を「当たり前」だと思うのは間違っているのではないか?
今の我々が享受している生活は、両親が20年なり30年なりをかけて築き上げてきた生活のレベルだ。広い部屋に、立派な家具や調度品。便利な器具や家電製品。そして居心地の良い居住環境。
この居心地の良い環境をゼロとして設定してしまうと、トンデモない歪みが後々に生じるのではないのかと思った。
こんなハズじゃなかった、もっといいもんだと思っていた、といった思いが今後生じるようであれば、だったらいっそのこと生活レベルを一度グーンと下げてしまい、少しずつ引き上げていった方が面白いのではないのか?という考え。「ビンボーな結婚生活」からスタートしてみようじゃないか、ということ。

住む場所は二人の実家のちょうど中間地点のエリアに定める。出来るだけ家賃の安い部屋を探す。生活環境は暮らしやすいにこしたことはないが、暮らしにくさを克服するのもまた楽しみの一つだ。『北の国から』の田中邦衛一家がそうだったではないか(ちょっと大袈裟)。家賃は出来るだけ安く押さえるかわりに、浮いたお金はひたすら貯金に回す。

そして3年後にはそのお金を頭金にして家を買ってしまう。払い続ける家賃がただ消えてゆくだけの賃貸住宅に住み続けるのは勿体ない。だったら自分の「所有物」にお金を払い続けるほうが納得出来るし、気持ち的な面で腑に落ちる。
早くそのような循環を若いうちに作ってしまおう。

そう、若いんだから俺たちは。
年をとってから、悪環境の元で暮らすのは体力的にも辛いし、なにより気持ち的にもミジメなものだが、若い俺たちはそんなもの気力と体力で充分カバー出来るはずだし、逆にその程度のことでダメになるような夫婦は、どこに行っても通用しないダメ夫婦だ。
私の提案に妻は目を輝かせて「面白そうね」と賛成してくれた。

出来るだけ安くてオンボロで二人の実家の中間地点にある物件。
幸い母親が大家をやっている上記の条件のすべてを満たす物件があった。うまい具合にちょうど部屋が一つ空いたばかりだという。

早速、妻と妻の両親を連れて一度引っ越し前の下見に行った。
想像以上にオンボロなアパートだ。
いやぁ、これはなかなかヒドイ。
開けにくい玄関のドアを思いっきり引っ張ると、金属の軋んだ音が大きな音が近所中に響き渡った。
部屋の中の日本の古い家屋特有の饐えた匂いがたちこめ、真っ暗な部屋の電気をつけた。昼間でも部屋の中が暗かったのは雨戸で締め切っていたからだ。

雨戸を開けると、レールのところに大きなヤモリが舌をチロチロと出して居座っていた。体長は優に15センチはあったと思う。とっぷりと肥えた立派なプロポーションのヤモリだ。ヤモリを漢字に当てはめると「家守」なんだから、きっとこのアパートの主なのだろう。
主を追っ払うことには気がひけたが、女房の両親に見られたら住むのを反対されかねない。何が悲しくて大事な娘を巨大なヤモリがうごめくようなアバラ家へ嫁に出さなきゃいけないのだと思われたら厄介だ。
見つからないように、急いでヤモリを蹴飛ばし、庭の伸び放題に伸びきった茂みの中に追いやった。

この部屋は、以前は韓国の留学生が住んでいたという。玄関の赤い塗装よりも赤サビの占める面積の広いポストの中には、差出人の名前がハングル文字で書かれた封筒がいくつも突っ込まれていた。
予想以上に天井は高く、六畳が二間。家具類は何も置いていないためか、思ったより広く感じられた。
畳が一枚腐っていることを除けば、外観に比べると建物の中身自体はそれほど痛んでいるとは思えなかった。細かいところを見れば、確かに台所の扉の表面の木がめくれていたり、トイレの扉やノブがボロボロだったりするが、この程度の細かいところは少しずつ修理してゆけばよいだろう。まぁ畳はすぐに交換しなければならないが…。
彼女の両親はちょっと顔をしかめていたようだが、私は「よし、十分暮らしてゆけそうだ!」と思った。

結婚式の前に一通り家具類を運び込んだ。
箪笥二つ、机、食器棚、移動式書架、テレビ、テレビの台、鏡台、夏はテーブルとして兼用するコタツのテーブル、冷暖房機。
加えて私のキーボード、ベース2台、ベースのハードケース、ベースアンプ、女房のギターとギターアンプとクラリネットといった楽器類。二人の所有するおびただしい本とCDの山。そして、二人の海外旅行用のトランクを運び込んで、収納と配置をした。

あらまぁ、あっという間に六畳二間が一杯になってしまったではないか。
二人の寝る場所がやっと確保出来るぐらいだ。布団を敷いたらほとんど足の踏み場がない。
押し入れは一つしかない。これはよっぽど収納の工夫をしなければならないぞ。まぁいいさ、どうせ二人とも平日は仕事で帰りが遅くなる。平日は寝に帰る場所だと割り切ろう。どうせ永遠に暮らす場所なわけではないし、あくまで仮の住まいなのだから。

こうしてオンボロアパートで我々のビンボー生活が始まった。
毎日が収納との格闘、工夫の連続。
休みになると、歩いて20分以上かかるスーパーやホームセンターへ足を運び、少しずつ痛んだ箇所と取り替えのパーツや、収納用のグッズを買い足していった。
生活費もかなり切りつめていたので、本当にビンボー暮らしだった。
ただ、新婚生活独特のウキウキ感と、ビンボー暮らしといえども貯金はしているので本当はビンボーなわけじゃないのだという事実が気持ちの負担を軽減してくれていた。

暮らし始めたのが冬の入り口の11月だったので、日増しに強くなる寒さが相当応えた。確かに暖房と電気ストーブはあるのだが、どういうわけかあまり効き目を感じなかった。

実際はそんなことはないのだろうが、建物のいたるところに小さなすき間が空いていて、冷たい空気が流れ込んでいるような気がしてならなかったのだ。
冬場はほとんど毎週鍋をやっていた。少しでも寒さを和らげようと思ったからだ。

夏になればなったで、大量の蚊やハエが部屋の中にやってくる。
周囲に畑が多いせいか、立派としか言いようのないほど肥えた体型のハエと蚊だ。
しかもすばしっこい。私は箸でハエをつかめるほどハエ取りには自信があったのだが、そんな私をせせら笑うようにヤツらはすばしっこく逃げ回ってくれた。
急に予想だにしないコースを旋回しはじめたり、急降下をして私のハエ叩き攻撃を巧妙にかわした。ここに引っ越してきてからの自分のハエや蚊の取れなっさっぷりに私はかなり落胆した。反射神経や動体視力が衰えたのかと思えてきた。
ところが、よその土地で出くわすハエや蚊はあっさりと私にバタバタと撃墜されてくれる。やはりあのアパート周辺に生息していたハエや蚊がガンダムのニュータイプなみに異常に反射神経が発達していたとしか思えない。

アパートの敷地内の草むらではヘビにも出くわしたし、小さいサイズのトカゲくんとは何度もコンニチワをした。

我々が住んでいたのは101号室だったが、真上の201号室に住んでいた40代半ばの一人暮らしのオッサンがちょっと精神を病んでいたようで精神病院の入退院を繰り返していた。
冬のある日、まだ私が仕事から帰っていない時間に、妻が夕飯の支度をしていたら大きな音でドンドンと扉が叩かれた。ドアを開けると真冬なのにランニング一丁姿のオッサンがスゴい形相で立っていた。
音がする。音が止まない。誰かがコンコンと音を立てているので眠れない、なんとかしてくれ、とイッてしまった目でせがまれて妻はビックリしたそうだ。

また、このオッサンによる「悪臭騒ぎ」というのもあって、匂いなど何もしないのに夜中の2時過ぎにうちの扉をドンドンと叩いてきた。
オッサン曰く、誰かが悪臭を撒いている。気が狂いそうだ、眠れない、あなたは大家さんの息子だろ、何とかしてくださいよ、と泣きつかれたこともあった。
その時のオッサン、目がちょっと飛んでいたので少し怖かったが、とりあえずオッサンの部屋にあがらせてもらって一通り中を調べたが全然匂いなんかしない。それでもオッサンはあなたは嘘をついている、本当に何とかしてくれ、頭が割れそうだ、気が狂いそうだと騒ぐので、「おかしいのはあなたでしょ、何なら救急車呼びましょうか?真夜中に騒がれて気が狂いそうなのはこっちの方だ」と言ったら少しは収まってくれた。
部屋に戻り一安心して布団をかぶると、今度は天井からドシーン!ドシーン!とまるで柔道の受け身の練習をしているのではないかと思うほどの振動が伝わってきた。きっとそのオッサン、悪臭とやらと闘ってのたうち回っているに違いない。うるさいから文句を言いに行こうとしたが、時計を見るとほとんど朝になりかかっているし、また「何とかしてくださいよ」とせがまれるのも面倒くさいし、少しでも寝ておかないと翌日の仕事に支障が出そうなので、二人で耳をふさいで寝た。

その翌朝、眠い目をこすりながら駅へ向かって歩いていると、いきなり電信柱の陰からオッサンが出現して、私の目の前に立った時はかなりビックリした。目が完全にイッていた。
本当に何とかしてくれるんでしょうね、私はあのアパートに10数年暮らしているのだが、昨日のようなことは初めてなんです。誰かがきっと私のことを狙っているに違いない。本当に何とかしてくれますよね、としつこく念を押された。
ハイハイ、分かりました、アパートの管理をお願いしている不動産屋に連絡しておきますから、悪いけど急いでいるので、と言ってその場を立ち去ったが、正直ちょっと怖かった。
管理をお願いしている近所の不動産屋へ連絡をして事情を話し、妻へはオッサンの様子がヘンで危なそうだから、しばらくは実家へ帰って実家から会社へ通うよう指示を出した。
結局、その日のうちにオッサンは精神病院へ入院したようで、しばらくの間は戻って来なかった。
不動産屋がオッサンの姉に連絡をして事情を話したら、血相を変えてやってきたオッサンのお姉さん、そのまま弟を精神病院へ入院させてしまったのだそうだ。

幽霊も出た、らしい。
私も妻も見ていないし、本当かどうかも疑わしいが、近所のオバサンらの話によると、何でも近所の十字路でバイクに乗って事故死した少年の幽霊が時々現れているらしい。
そういえば、近くの電信柱の下にはいつも花が置いてあることを思い出した。
妻も私もその少年の幽霊とやらには出くわしたことはなかったが、それでも会社帰りの誰もいない深夜、真っ暗な夜道を歩いている途中にその電信柱の近くを通るときはイヤ~な気分になったものだ。
そう、住んでいたアパートの周辺は確かに家はあったのだが、夜になると電信柱の間隔が異常に長いためか、電信柱からの灯りが心許ないほど真っ暗になってしまうのだ。まぁ星はたくさん見えて綺麗だったが、同時に電信柱の光に群がる虫やら蛾の集団も視界に入るのでウンザリした気分になった。

このような環境で、我々は新婚生活をスタートさせて2年半の間、暮らした。

ボロアパート、ボットン便所、虫・昆虫・爬虫類のオンパレード、異常に狭い空間、夏の暑さ、冬の寒さ、おかしなオッサン、幽霊(?)…。
田舎に住んでいる人からしてみれば、そんなこと当たり前だよと一笑に付されるかもしれないが、ヌクヌクと親の保護下で生活してきた都会育ちの二人が初めて出くわす出来事としてはすべてが強烈だったし新鮮過ぎた。
しかし、妻もよく耐えたと思うし頑張ってくれたと思う。
つい先ほど「オマエもよく頑張ったよな」と言ったら、え?そんなに大変だったっけ?とケロリとしていたが…。

このような悪条件のもとで暮らした経験、今となっては良い思い出だ。
たしかに結婚してからの一年ぐらいは頻繁に夫婦喧嘩を繰り返した。
しかし、喧嘩の原因は、結婚してから初めて気が付く互いの性格や好みや考え方の相違が原因なので、住んでいる環境が原因になったことは一度も無かったと思う。たとえ快適な環境に住んでいたとしても同じ原因の同じ内容の喧嘩をしていただろう。

このような生活環境を提案し、設定したのは私自身だ。だから考えようによっては、私の「趣味」に妻が付き合わされていると言えなくもないのだが、妻はたとえどんなに喧嘩をしても住居環境に関しての文句は一言も漏らさなかった。あとで気が付いたことだが、これがどんなに私の支えになったことか。また、今頃になって、改めて妻の強さのようなものも少し感じてしまった。

「新婚ビンボー生活」、これから結婚生活を始める誰もに勧められるようなものではない。特に女性は男性以上に居住空間の清潔さと綺麗さにこだわる人が多いようなので、我々が住んでいたアパートを見せた途端に卒倒されかねない。
女性ならずとも、男性だってかなりの確率で引いてしまうだろう。
それが普通の神経なのかもしれないし、我々夫婦がかなりの物好きだったのだと思う。
それでも劣悪な環境下でビンボー結婚生活をスタートさせた我々だが、何だかんだいって破局を迎えずに過ごし通せた。この事実が二人の間の大きな財産だと思っている。
ちょっと大袈裟だが、これから何十年も一緒に過ごすであろう夫婦生活の第一関門は突破したのだという確かな手応えは感じているし、お互いの人間の基礎力・肝力のようなものはこの二年半の間に相当鍛えられたのではないかと思っている。

結婚を考えているカップルの話を聞くと、どのカップルにも共通点がある。「結婚式の形態」にこだわるカップルは多いが、「その1日後からの生活」に対して強いこだわりや具体的なビジョンを持ったカップルってあまりお目にかかったことがない。
私の周囲に限った話かもしれないが、ほとんどの人は結婚式の“形態”については嬉々として、あーでもない、こーでもないと雄弁に自分の主義主張信念人生観めいたものの演説を始める輩が多い。特に男。
やれ、やたらと金はかけないつもりだ、親族だけでこぢんまりとやる、会社の同僚5人いるうち3人しか入れないような披露宴にはしたくない、披露宴はレストランで、イデオロギー的なもので神社よりも仏前式、ハワイでやればウルサイ親族どもが来ないだろうし、いやぁやたらと豪勢な式を挙げたがる向こうの両親説得するのに苦労しちゃてさ、披露宴に金かけるヤツの気がしれないね… などなど、などなど。

よくもまぁほんの数時間で終わってしまう行事のために並々ならぬ情熱が注げるもんだと思うほど、本当に結婚披露宴や式に対する考え方を喋らせると皆さんは雄弁になる。
本音を言ってしまえば、聞いている方としては正直言って疲れるし、ハッキリいってどうでも良いことです、好きにしてください、あなたのお考えはよぉぉく分かりました的な世界なのだが、この披露宴の形式にこだわる情熱と同じぐらい、披露宴が終わった翌日から恐らくは一生続くであろう生活の形式や方針に確固たる考えを持っているのかな?と疑問に思ってしまう。

おそらく彼らにとっては「たかだか人生の数時間の出来事」ではなく「人生数時間の出来事だからこそ」なのだろうが、それでも祭りと一緒で、終わってしまえば盛り上がっていた気持ちも一気に醒めてしまうものだ。しかも何ヶ月も前から考えに考えたイベントだからこそ、終わった後に感じる気持ちのギャップはなおさらなのではないのだろうか。
宴が終わり、「さて」と、現実に戻った時に、今後の生活フォーマットがキチッと設定されているのか。それとも、これから長い夫婦生活なんだから少しずつ軌道修正していけば良いさとノンビリ構えるか。

「なるようになるだろう、とにかく好きなんだから」で結婚して離婚したカップルは星の数ほどいるではないか。
離婚するには結婚の数倍のエネルギーが必要だとはよく聞く話。
私はそんなマイナスなことにエネルギーを費やすのはイヤだし御免こうむる。だがしかし、他の夫婦はどうだか知らないが俺たち夫婦だけは別だぜと自惚れるのもアホだとも思う。偽装結婚は別だが、離婚を前提に結婚する夫婦なんていないし、結婚するからには誰もが最初は別れるつもりなどないのだ。
それでも年々離婚するカップルが増加しているという事実に対して「自分たちだけは違うのだ。乗り切って見せる」と気合い一本だけで臨もうとすること自体、気合いさえあれば竹槍一本でB-29を撃墜出来ると信じるのと同じぐらい愚かで古い精神主義だと思う。

相手のことが好きだ。別れたくない。だからこそ「好き」であり続ける工夫と、ちょっとした努力が必要なのではないか?
ガキじゃないんだからさ、「好き」「愛してる」だけで一生何とかなるとは思っちゃいない。
「好き」だからこそ、相手を常に退屈させない刺激やアイディアを常に用意してあげるべきだ。
「ずっと二人で暮らしたい」からこそ、二人で乗り越えるべき壁や目標を分かりやすく提示してあげるべきだ。
これこそ相手に対する思いやりではないか?
カーテンの柄や食器の種類やインテリアの選択などは女性に任せたとしても、ちょっと大袈裟かもしれないが二人の人生の大きな方針のようなものを提示すること、この役割は男が担うべきものだと思う。
気持ちだけで何とでもなると思うことこそ傲慢で幼稚だと思う。

「愛は尊いかもしれぬが、尊いだけじゃ退屈きわまりない。」
これが私の基本的な考えだ。そして、結果的には嘘で終わるかもしれないが、ちょっとだけ先の未来のビジョンを常に共有しようとすること、これが私なりの愛情表現だったのかもしれない。私はそれを生活レベルを下げる、オンボロアパートに住む、だがしかし、ちょっとだけ我慢すればすぐにこの生活から脱却出来るし、生活レベルも頑張れば上げることが出来る、という生活設定に求めた。
面白いことに、どんなにオンボロな暮らしでも、退屈しないだけの刺激と、キチンとした数年後の目標があれば、辛いどころかむしろ楽しく過ごせるし、絆も強まるということがよく分かった。

年を取ってから生活レベルを引き下げることは、かなり難しいことだと思う。世間体もあるし、気持ち的な面でもなんだか侘びしい気持ちになってしまうのではないかと思う。
ところが、若いうちは、生活費を切りつめに切りつめて、安物件のオンボロな部屋で生活することなど全然恥かしいことだとは思わないし、こんな生活すらも楽しい冒険の一つとなりうるのではないかと思う。
将来何か具体的な目標がある人、特にお金を短期間に貯めてしまいたいと思っている若い人は、結婚生活までは勧めないが、一人暮らしのうちにビンボー生活を経験しておけば、いずれきっと何かの糧になることを信じて疑わない。

記:2001/03/17

追記

この文章が編集されて、結婚のハウ・トゥ本に収録されました。
『どうする!結婚~さっとできちゃうカンタン自由なふたりのスタイル AtoZ』(発行:同朋舎/発売:角川書店)というタイトルの本です。
興味のある方は、是非書店でチェックしてみてください。ベースを弾いている私の写真が載っています(え、見たかない?)。
で、よかったら、買ってください(営業)。

加筆:2001/03/20

 - 雑想 雑記 , ,