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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

中学校教師の体罰? ありますよ、日常茶飯事のようです。

      2018/04/14

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大阪桜宮高校バスケ部主将の「体罰自殺」が世間をにぎわせています。

「体罰」といえば、息子が通う区立中学でも体罰は日常茶飯事なようです。

まずは、なんといっても、昨年の夏におきた女子中学生プールサイド「焼き土下座」事件。

この騒動を起こした体育非常勤講師が務めていた中学校ですからね┐(´д`)┌

実際に事件が起きた中学は別の中学でしたが、この講師が務めていた学校のひとつが息子が通う中学。

だからなのでしょうか、「生徒を御するには暴力やむなし」というような風潮が蔓延しているようです。

たとえば、先日の学年集会。

息子の友達が、英語の先生に顔面を殴られたそうです。

理由は、「先生が話しているときに先生の目を見ないのは、人の話を真剣に聞いていない証拠だから」

おい、それで殴るか?!
w( ̄Д ̄;)w

真相は、その殴った英語教師は背が低く、殴られた生徒は身長が高く、単に身長差で目線が合わなかっただけのようです。

息子の友人は、目の周りを腫らせて涙ぐみながら下校していたとのこと。

このようなことは、学校現場においては氷山の一角。

ちょっとしたことでの生徒への暴力は横行しているとまではいかないにせよ、日常茶飯事一歩手前のような状況なようです。

しかも、暴力制裁をうけるのは1年2年のみ。

3年生にもなると成長期で身長も伸びて、体格も良くなってきている男子生徒が増えてきていることから、彼ら「デカい生徒」からの反撃が怖いためか見て見ぬふりらしいです。
r( ̄_ ̄;)

1、2年には服装・髪型にはうるさい一方で、私服登校、手ぶら登校する3年生は見て見ぬふり。

なんじゃそりゃ?
(; ̄Д ̄)

暴力ではありませんが、判断能力を欠いた無責任教師も多いようですね。

たとえば、つい昨日、息子が体育の時間、バスケットボールが思いっきり顔面に当たったんですね。

それで、メガネが破損、柄が壊れた。

ま、それは仕方がない。
よくあることです。

問題は授業。

席が後ろのためメガネがないと黒板の文字が見えない。

だから、次の授業の理科の時間、黒板が見えないため、「黒板の文字が見えないので前の席に移動して黒板を写してもいいですか?」と質問をしたところ、

「し~らな~い」

と一言返されただけとのこと。

「知らない」って、なんじゃそりゃ( ̄д ̄) 

いいの?
悪いの?

ダメならダメでもいいのにね。

「席替えはダメだから、授業中は先生の話をしっかり聞いていなさい、そして、授業後にクラスメートのノートを写させてもらいなさい」でもいいわけですよ。

そういう判断を下すのが教師ですよね。

でも、「し~らな~い」を連発するのみだったとのこと。

しかも、その理科教師、息子の担任で、しかも学年主任。
年齢も50を過ぎた立派なオトナが、生徒の問いかけに「し~らな~い」を繰り返すのみ。

あの~、あんたアホですか?

そういいたくなるような対応でございますね。

この先生のずさんな対応っぷりと、親としてつのらせる不信感は以前も書きましたが(⇒学校教師は民間企業で定期的に研修を受けたほうが良い)、まあなんというか一般企業では考えられない言動と対応も「学校」という枠の中では当たり前なのでしょうかね。

このような学校現場でも、さいわい息子は「行きたくない」「つまらない」とは言いだしていないので、今のところは安心なのですが、それでも、一事が万事、このような学校現場ですから不登校の生徒は何人かいるようですね。

そりゃそうだ、目が合わなかっただけで殴る教師がいるのだから、生徒によっては恐怖でしょう。

私、いつも思うんですが、教師という人種は、一般社会、とくに民間企業に勤める社員と比較すると常識が壊れた人が多いと思う。

最初からオカシな人が教師になるのではなく、教師という職業の構造上、しだいにおかしな人格が形成されていくのではないかと。

たとえば、車のセールスマンが、車を買ってくれないからといって客に暴力ふるいますか?

取引先のお客様のこと人の目を見て話さないからという理由で顔面殴りますか?

一般社会では、このようなことは許されません。
(当たり前)

自分の意思を相手に伝えるためには、暴力以外の方法を用いる必要があります。

ふるったら犯罪ですからね┐( ̄ー ̄)┌

だから、交渉の勉強をするし、説得やコミュニケーションのスキルをあげようと努力するわけですよね。

ところが、教師の場合、相手は子供。

大人相手だったら振るえないはずの暴力でも、立場と腕力の弱い10代前半の生徒だったら?

心が弱い人間だったら、手をあげてしまうことは想像に難くないでしょう。

さらに、大人相手だったら説得できないことも、まだ弁の立たない子供相手であれば、無茶苦茶な屁理屈で押し通すこともできる。

つまり、一般社会の大人にくらべれば、生徒のほうがはるかに御し易い。
⇒増長

この連鎖が続くうちに、次第に、民間企業につとめるまっとうな人間の価値観から逸脱した感性と価値観がはぐくまれてしまい、「目があわないだけで殴っていい」という、ぶっ飛んだ思考パターンに帰結してしまうのでしょう。

しかも、その英語教師は教師着任2年目ぐらいの若手とのこと。

たかだか2~3年で、「言うこときかないなら殴ってもOK」というような価値観が出来上がってしまうのですから恐ろしいといえば恐ろしい。

以前も書きましたが、やはり教師の「感覚の矯正」は必要だと思いますし、そのためには、教師免許は運転免許と同じく、数年で更新するようにしたほうがいい。

そして、更新の際には、1か月でもいいから民間企業での研修を義務付けるべきだと思います。

一度取得してしまえば、一生モノな既得権益になってしまっていることこそが、教師の勘違いと横暴を助長させる根源になっているのではないかと思います。

やはり長く生きていれば、人は変化します。

成長する人もいるでしょう。

そのいっぽうで堕落する人もいるでしょうし、心が荒廃する人、壊れていく人もいます。

日々成長を繰り返す人こそ教職の資格を維持するべきであり、一度教職をとったからといって残りの人生は惰性と現状維持に甘んじているような人間は親の立場からいわせてもらうと、はっきりいって教壇に立って欲しくない。

だからこその教師の民間企業研修は、今後の日本の堕落した教師たちを矯正させる必須事項だと思うのですね。

少なくとも、電話の受け応えがしっかりできるでしょう(笑)。
(息子が通っていた小学校も、現在通っている中学校も、多くの電話に出る職員の対応は、無愛想、幼稚言葉、尊敬献上丁寧語が使い分けられない、自分の名前名乗らない…… のうちのどれかか、すべてのパターンです)

さらに、人の話を聴く、相手のニーズを知る、それに対して適切な回答を考え、あるいは冗長の指示を仰ぎ、それに基づき期日までに行動し、報告・連絡・相談を欠かさないという社会人にとって超最低限なスキルを維持させることができますからね。(ま、それができない社会人ももちろんいますが)

教育という子供の将来の成長にとって大事な責務は、イイカゲンで感覚でイイカゲンな仕事しかできない人たちに任せるわけにはいかないでしょう。

だから、生涯にわたっての監査、トレーニングは必要不可欠だと思うのです。

記:2013/01/12

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