カフェモンマルトル

text:高野雲

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もっと自分に負荷をかけよう

      2017/02/24

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training

ハードな1日が終わったら、誰もが「はぁ疲れたぁ、ゆっくり休もう」になるよね?

私もそうだ。

でも、ゆっくりと休みすぎちゃいけないのだ。

よけい、身体が疲れるし、ダレる。

カラダが疲れると、心もダレる。

本当だよ。

「心身二元論」を私はあまり信じていない。

心と身体は切っても切り離せないから。

連動していると思っている。

だから、カラダがダレちゃうと、精神的にもあまりいいことってない。

思うに、もっと身体に負荷をかけても、身体は期待にこたえてくれると思うんだ。

だから、ハードな1日を終えたら、翌日は、同じくらい、願わくば、それ以上にハードな1日を過ごすべきなんだ。

そうすると、身体がエライこっちゃっと大急ぎで臨戦態勢を整えてくれる。

「くたばってられんぞ」と身体が思うし、「休みモードの回線よりも、ハードモードの回線を優先しなくては」、と、適応しようと頑張ってくれるのだ。

だから、疲れた翌日にダラけると、せっかく身体の中身が、ハードワークに対応しようと準備をしかけているところに、水を差すことになる。

たとえば、薔薇を育てるコツは水を肥料をやり過ぎないことだという。

土中に水がなくなると、薔薇は自力で水や栄養を求めはじめる。

根っこを今以上に張り、少しでも“自力”で多くの養分を吸収しようと頑張る。

木もそうだよね。

自力で栄養を求めて根をたくさん張った木ほど、風が吹いても倒れない。

人間もまったく同じだと思う。

とにかく、疲れて動けない!ってところに、もうひと働きすることが、自分という根っこを強くするコツなんだよね。

だから、本当は人間って困れば困るほど鍛えられるし、疲れれば疲れるほど強くなれるはず、なんだと思う。

もちろん、限界はある。最初から我武者羅してしまうと、絶対に倒れる。

でも、10で“はぁはぁ、ぜぇぜぇ”な人は、明日は10.2で“はぁはぁ、ぜぇぜぇ”になってみようと考える余地はあるよね?

そういうことです。

かくいう私も頑張ってます。

そうなろうと努力しています。

なぜかというと、やりたいことが山ほどあるから。

ベースの練習、メルマガの執筆、秋からの連載の原稿のストック、HPの更新、HP以外のプライベート日記、新作CDのチェックとラベル作り、作りかけのプラモの完成、映画鑑賞、読書、子供とのコミュニケーション、録画したTV番組のチェック、飲みニュケーション……。

これらすべてを1日に全部やりたい。

無理っぽく見えるかもしれないけど、実は全部やってます。

というのは半分嘘ですが、半分は本当です。

なぜ半分嘘かというと、たとえば、飲みニュケーションは、飲む相手がみつからないときは、無理して飲みにいかないし(一人で飲むこともあるが)、プラモや映画鑑賞は、日によって出来たり出来なかったりもする。ベースの練習もウッドベースの場合は、どうしても朝方も深夜も響くので、なるべく控えめにしたいので、出来る日と出来ない日があるけどね。

でも、そういうことを覗けば、だいたい「ふぇ~、やること多いぜぇ」なんて言いながらも、なんだかんだで結構こなしていると思う。

ただし、細切れにしているけど。

私の悪い癖で、エンジンがかかるのが遅いくせに、いったんエンジンがかかると、サルのようにやり続けるということがある。

一つのことに熱中しすぎると、次のことが出来なくなる。

だから、「引き際が肝心システム」を導入し、いや、システムって名のつくほど大それたことではないんだけれども、要は、時間がきたら、どんなに熱中していても、いったんはオアズケにしましょうって自分に課したルールで、だいたい、メルマガの執筆は1セットが10分、ブログの執筆も1セットに10分から15分ぐらいしかかけていない。

忙しい日は、1セットの終わることも多いが、とり合えず、取り組んでいることにはなる。

で、もう少し余裕があれば、10分程度の時間なら捻り出せるから、もう1セット、といったように細切れタイムで取り組むことにしている。

まったくやらないよりは、少しでも前進したほうが良いわけで、私がメルマガやブログに費やすトータルな時間は、1日の中でもおそらく1時間以上はかけていないが、4日ぐらいダラダラ続ければ、1本ぐらいは原稿が出来るわけで(笑)。

同様に、ベースの練習も基礎が100分、曲は2曲まで、録画した映画も、1セット45分、プラモもやることを決めて、10分以内に組み立てか、ヤスリがけか、塗装かどれかひとつを効率よくやると決めている。

そうして、細かく分解したことを、毎日、毎日細かく実行しているわけです。

それにプラスして仕事がかぶさるわけなので、仕事が忙しくなればなるほど、毎晩、「はぁはぁ、ぜぇぜぇ」だが、「もう限界!寝るぞ!」と言って布団にダイブした直後に眠りに落ちる感覚は何ものにも変えがたいものがある。

ホント、睡眠は心身の充電タイムだと思う。

バタンキュー、グッタリ。

夢すら見ない(時々は見るけど)。

で、10の力を使い果たして寝れば、翌朝は、10.1ぐらいの余力がチャージされて新しい朝を迎えるわけだ。

この繰り返し。

こうして、人は少しずつ強くなる。

んじゃないかなぁ? と思っている私。

じつは、このことに気づかせてくれたのはうちの息子なんだ。

私は無茶苦茶なバカ親なんで、息子が1歳2ヶ月ぐらいのときに『砂の器』を気取って、2人で2日間、田舎を旅行したんだけれども、駅から温泉までの数キロの道のりを、炎天下の中、ヨチヨチ歩きで私の歩く速度に必死についてこさせたし、それ以前から、ジャズ喫茶やライブハウスに夜遅くまで引きづりまわしていた。

昨年は、24時間以内に仙台のジャズ喫茶(とジャズバー)を7軒ハシゴという無謀な試みにも、ひょいひょいついてきたし、熱気と人でモミクチャな記者会見に同行させたことも一度や二度ではない。

一緒に風呂に入ると、夏だろうが冬だろうが、風呂を出る際には、頭から冷水を何回か浴びせてもいる。

ところが、こういうことを繰り返しているうちに、息子は、徹夜や短時間睡眠や、長時間行軍に慣れっこになってしまった。

今では、私や女房が寝た後に寝るし(遅くまで絵を描いたり本を作ったりしている・血は争えないな)、朝も一声かければ、パッと起きる。黒酢か豆乳のパックを与えれば、ゴキゲンだ。

こんな生活、健康に悪い?……とは思えないんだよね。

今まで大きな病気をしたことは1度もないし(年に数回熱や風邪は引くが)、身長も体重も保育園の中ではズバぬけてデカいし、先生も医者もあきれるほどの健康優良児だ。

この無茶苦茶な親と一緒に生活して生き延びていくからには、強くならないと、命がいくつあっても足りない!と、息子の本能が生命の危機を察知して(?)、知らず知らずのうちに頑丈になったんだろうなぁ。

とにかく、息子が身体に負荷をかければかけるほど、逞しくなってきている姿を目の当たりにしてきた私。

人間って、つくづく強くなれるもんだなぁ、と実感すると同時に、こうしちゃおられん、親父の俺ももっと頑張らなければな、と思ったわけだ。

かくいう私自身も、かなり無茶な生活をしても、過去に健康診断で何か問題があったことは一度もないし、先日なんて、ハードな生活状態の中、2~3日前から水だけは大量に飲んで健康診断に臨んだら、オールAだった(笑)。

必ずしも、生活の内容だけに健康は左右されるものではないという確信がより一層深まりました(笑)。

昨日の私は、朝4時半に起きて、寝たのは朝の3時半。

うへぇ、眠い、疲れた、なんていっている場合ではないよな。

記:2005/07/07

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