カフェモンマルトル

ジャズと映画と本の日々:高野雲

1999年 ガンダーラ

      2015/07/10

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beedama

私は、ストイックでストレートアヘッドなジャズのカルテットを組んでいるのですが、メンバーみんな忙しくてなかなか練習もライブもままならない状態です。

なかなか、メンバーは筋金入りの猛者でレベル高いバンドなのですが、それゆえ、他のバンドの活動が忙しく、なかなかスケジュール合わないのが玉に瑕。

さらに、ヴォーカルの歌が気持ちよい「パピヨンズ」も長期休憩中で、非常に残念です。

なので、気がつけば、今では、活動自体がギャグのかたまりのような「ボスタング」が音楽活動のメインとなってしまった私(笑)。

ま、それはそれでもいいんだけどさ、フロントのギャグは息子と博士にまかせて、私はしこしこと裏方で音楽性を高める訓練をしようかと最近は画策しているから。

そんな、音楽活動が狭くなってきていて、ほんの少しだけですがフラストレーションがたまってきている昨今ですが、先日、そんな思いを吹き飛ばすような面白いというか興味深い映像が出てきました。

なぐり書きで、「1999年ガンダーラ」とDVに書いてあったので、かれこれ今から8年近く前。

フリージャズです。

ギターとパーカッション、そして私のベースという変則的な編成です。

打ち合わせなしの、出た音に反応しあおうということで、集まった、珍しい人同士の組み合わせ。考えてみれば、この3人で演ったのは後にも先にも一回こっきりだな。

パーカッションのたたき出すリズムパターンがおもしろく、

あ、でも、このパーカッションの人はパーカッション専門の人ではぜんぜんなく、打楽器の教育も訓練もまったく受けていない人で、本職プログラマーで、好きな音楽はテクノ一色の人なのですが、私の「なんでもいいから叩け」という滅茶苦茶な一言で、かなりイイ仕事してくれてます。

さらに、ギターの先輩は、なんつーか、「プチ高柳」って感じの音とプレイ。

難解さと一筋縄ではいかない自分の音を楽しんでいます。

不安定かつ不愉快なコードを弾いているときの口元は、愉悦感と恍惚感に染まっており、ああ、本当にこの人、音の世界に耽溺している最中なんだなということが、ヒシヒシと伝わってきます。

でも、ギターの音そのものは、ものすごくエッジが立っていて、殺傷能力はかなり高いです。

で、肝心の私なのですが、

8年近く前の俺って、うぉ~、すげぇ、こんなにトンガってたのね、って思うぐらい、エッジの立ったというか、自分でいうのもバカですが、なかなか思索的なベースを弾いているんですよ。

テクニックも、今よりもぜんぜんある、というか、指が動く動く、今の私は、音数を少なく、シンプルなラインを考えながら弾くことを心がけていますが、このときの私は、なんつーか、弾きまくる、弾きまくる。

なんにも考えていないで弾いているんですけど、そのサブコンシャス・リーな感じが、サブコンシャス・リーって感じで(意味不明)、鋭い。

うーん、自分が自分じゃないみたい。

ピアノもなんだか、縄文人がみようみまねでピアノという楽器とたわむれているようで、妙な迫力と殺気がある。

へぇ、なかなか面白いじゃん!

と思いながら、酒をじゃぶじゃぶとグラスに注ぎながらみているうちに、夜更かししてしまいました。

しかも、こんなアングラでマニアックなライブ、当時の秘密日記を読み返してみると、当時のガールフレンド3人ぐらい招待しているんですね。

あと、私の記憶が正しければ、このライブ、男性がほとんどいなくて、ほとんど来ていたのは、女性ばかりだったと思う。

よくもまぁ、おしゃれな女性たちを前に、このブラックホールの中に生息していそうなバクテリア音楽を嬉々として延々と演奏してるなぁと自分にあきれてしまいました。

とりあえず、この映像、押入れの中に入れておくだけじゃ勿体ないので、奄美大島「サウンズパル」の高良さんに送りつけることにします(笑)。

本当は、youtubeにもアップしたいのだけれども、アップの仕方、よく分からないから、いいや。

アップの仕方、分かれば、アップするけど。

記:2007/05/27

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