カフェモンマルトル

text:高野雲

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文章の「才能」について時々考えます

      2015/05/26

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私が定期的にチェックしている個人のブログ(個人ホームページ)はそれほど多くありません。

もちろん、いろいろな言葉で検索をかけて、毎日いろいろなサイトを探してはいるのですが、結局、「毎日読みたい!」と思わせ、かつ、ブックマークに残るのはほんの数サイトのみになってしまうのです。

理由は、面白い、面白くない以上に、グルーヴしている文章が少ないから、なのかもしれません。

内容や文章の巧拙、ネタの鮮度や面白さはあまり関係ありません。それに、書き手は、作家やライターじゃないんだから、そこまで多くは求めないし、むしろ、ちょっとした日常や雑感を、一気に「グイッ!」と読ませるノリの方を求めているのです。

バンドでいえば、ベースとドラムセクションが生み出すノリが良ければ、ボーカルのルックスや、楽曲の良し悪しなんか極端なハナシ、どうでもいいよ!ってことです。

グルーヴと書くと、ノリノリと誤解されてしまいそうなのですが、必ずしもノリノリである必要はなく、その人独自のスピード感が無理なく出ていればいいのです。

読んだときの印象から受ける書き手のパーソナリティと、文章のスピードが一致していれば、たとえ、長い文章でも、スピード感を削ぐ言い回しがあっても、それはそれでOK。

逆に、ズバズバと単刀直入な物言いが小気味良くても、内容や、(あくまでこちらの想像ですが)キャラとは一致していないなぁと感じると、それはグルーヴ感のない、単なる速い演奏でしかありません。

このへんの按配って、難しいのかな。

だから、「うーん、また明日も読みたい!」と思わせるサイトにはなかなか出会えません。

文章ってほんとに難しい。

入り口は簡単だけど。

パソコンがあれば、誰でも書けるし、アップできるからね。

それは、写真も一緒かもしれない。

デジカメを買えば、誰でも簡単に撮影はできますからね。

でも、人口の絶対数とクオリティは必ずしも一致しないんですよね。

心を打つ内容、クオリティ、人を引き付けるオーラを放つものって圧倒的に少ない。

そんなこといったら、なんでもそうなので、みもふたもないことなのかもしれませんが(笑)。

たとえば、人のルックスだってそうだし、声もそう。

存在感のようなその人の持つ佇まいもそうだし、音楽だってそうだよね。楽器の音一発で、「あ、この人いいな」と思わせる人もたまにいるし、その逆もいる。

この一発で人を引き付ける要素って一体なんなんだろう?

多分、テクニックのような表層的なことではないはず。

人生、苦労、経験値、と言ってしまうと大げさな気もするし。

必ずしもデカかったり、派手だったり、インパクトあったりだけが人を引き付ける要素でもないし。

たとえば、チェット・ベイカーのラッパやヴォーカルなんかがそうだよね。

あの耳をひきつけてやまない「磁力」はなんなんだろう?

人間の脳の情報処理能力はすさまじいそうで、一秒間に無数の情報を高速処理しているそうです。

なので、数フレーズの音からも、初対面の数秒からでも、ものすごく膨大な情報を読み取り、処理しているのかもしれない。

さまざまな要素から導き出された結果が、人を引き付けるか、そうではないか、快なのか不快なのか、気になるのか気にならないのか、といった漠然とつつも確固とした印象が植え付けられるのでしょう。

皆さんも一目惚れをしたことは1回か2回はあるでしょうけど、

私の場合の一目惚れは、本当に文字とおり、一目見た一瞬で、「ああ、この人いいなぁ」です(笑)

やっぱり、自分にとって「快」や「嬉」の要素を一瞬でたくさん感じ取っているのでしょうか。

皆さんはどうですか?

もちろん、人も、音楽も、酒も、本も、じわじわと付きあっていくうちに、だんだん好きになってゆくケースのほうが多いのでしょうが(私もそうです)、それでも、時折、強烈に、「うわっ!」と一瞬で「クる」ものってあるでしょう?

その「うわっ!」と「来る」ことの根拠っていったいなんなんだろう?

そんなことを、いつも私は考えています。

特にジャズをたくさん聴いていると、たった一つの音で相手を引き込む力のある人と、上手なんだけれども、ぜんぜん音の力に乏しい人の差が歴然としてきます。

これって、きっと練習だけの賜物ではないと思う。

光る新人は、たとえテクニックが不足してても、やっぱり音が強いから。

音もそうだし、文章もやっぱりそうなんだよね。

言っちゃ悪いけど、プロのライターでも光らない人は、やっぱり光ってない。

その逆に、全然文章書くことをナリワイとしていない人がサラリと書いたコネタが妙に光っていたりもする。

この佇まいの差って、やっぱり語弊があるかもしれないけれども、一言の言葉に落とし込んでしまうと、やっぱり「才能」のあるなしに尽きると思うんだよね。

突出した才能の持ち主は、いつの時代も少ないものだけれども、そして、どんなジャンルのものごとでも、努力をすれば、それなりに成果というものは出てくるものだけれども、努力だけでは絶対に超えられない一線というものが出てくると思うのです。

この一線を平気で越えちゃう、越えちゃってる人が才能ある人なんだろうなぁ、と。

私は、書くことに関しては努力すらしていないから、その一線すら、まったく見えてないです(笑)。

記:2007/09/07

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