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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

外部記憶装置としてのホームページ、そしてメルマガ

      2016/04/03

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kinko

私は物覚えも悪いが、一度記憶してしまったことを忘れることも苦手だ。

いつまでも、いつまでも、覚え続けている、というよりも記憶した事柄が表層意識に浮遊し続けているのだ。

これって良いことだとは思えない。

「忘れる」ということ。

どちらかというと、マイナスなイメージがつきまとうかもしれないが、私は、適度に「忘れ上手」な人のほうが、仕事も趣味も対人関係もうまくやれるんじゃないかと思っている。

いつまでも過去の出来事を根に持ったり、江戸の仇を長崎で打つようなことをしでかす人は、きっと「忘れ下手」なのだろう。

根がケチな性分なのだろう、私は、せっかく脳にメモリーされたことを忘れるのが勿体ないと思ってしまうのだ。

無意識に、記憶したことを忘れないようにしている。

結果、いつまでも記憶に固執しているために、クリエイティブで自由な発想が妨げられているような気がしないでもない。

これって、職業的にも、趣味的にも、非常にマイナスなことだと思う。

パソコンの場合、メモリに余裕を持てば持つほど、処理速度が向上するが、脳も同じようなものだと私は勝手に思っている。

もっと脳の中に空き容量を作って、頭の回転を速くしてあげなければと思うのだ。

現在私が作っているホームページと、配信しているメルマガは、ある意味、私の脳の外部記憶装置的な役目を果たしているような気がしないでもない。 いわば、外付けのハードディスクだ。

HPに文字を打ち込む、あるいはメルマガの原稿を書くことによって、記憶やアイディアが外部に保存される。

そうすることによって記憶が消去されるわけでもないが、少なくとも「忘れてもいいんだ」と思うことによって気持ちがラクになり、脳の空き容量が少しだけ増え、柔軟に物事が考えられるんじゃないかと錯覚することが出来る。

で、空き容量が増え、柔軟になった脳味噌で何を考えているかというと、ロクでもない下ネタだったりするのだが…。

記:2002/08/13

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