カフェモンマルトル

text:高野雲

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ジャズ評論家・養成合宿って…、無理だろうなぁ。

      2017/05/21

onsen_karaoke

官能作家になるための合宿

先日、螢博士と朝まで呑んでました。

コピーライターの彼は、言葉のプロ。

言葉のプロであることと同時に、好奇心旺盛な人でもあります。

だから、先週は合宿に行っていたそうです。

何の合宿?

官能小説の書き方講座の合宿だそうです。

たまたま読んだスポーツ紙でエロ小説の書き方講座の広告を目にしたので、面白そうだと思って参加したんだって。

えーと、箱根だったっけ? 熱海だったっけ? どっちかの旅館での1泊2日の合宿だったのだそうです。

参加者は、なんと50名近くもいたそうなので、驚き。
しかも、女性が7~8名も参加していたそうです。

お金を払って、しかも合宿までしてエロ小説の書き方を学ぶのだから、参加者は、もちろん、それで身を立ててゆこうという人ばかり。

既にプロとして身を立てている方もいたようです。

もっとも、博士の場合は、「冷やかし」で参加しているような気がしないでもないけど(笑)。



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どんな内容?

やはり、興味があるのは、講義の内容です。

尋ねてみました。

まずは、昨今の官能小説業界の現状からの解説。

マンネリ化、人材不足など、色々とこの業界も大変なようで。

「名文」を勉強する授業もあったそうです。

そこで、使われたのは、過去のその世界での巨匠の名文のみならず、谷崎潤一郎や夏目漱石の文章までテキストに使われたそうです。

やはり、基礎が大事ということなのでしょうか。

あとは、プロットを書く実習もあったそうです。

プロットだけではなく、きちんと作品を書いて採点してもらったほうが良いのですが、さすがにそこまで時間が無いので、プロットという形になっているとのこと。

ははぁ、なるほど、思ったよりも真っ当な(?)授業だったのですね。

もっと、みんなでAV鑑賞したり、スケベな言葉のしりとりをしてボキャブラリーを増やしたり、なんてレッスンを想像していましたが、違うみたいです。

私の想像力が幼稚なんでしょうね。

でも、興味深い質問や対話のコーナーもあったようです。

まじめな質疑応答

その中で、博士が面白いと感じたやりとり。

参加者「女性の方に質問です。書いてて濡れたり、イッたりすることってあるんですか?」

女性参加者の一人「いえ、そのようなことはありません」

女性参加者「男性の方は、書いてると勃ってくるんですか?」

参加者A「いえ、僕の場合は抜いて、スッキリしてから書いてます。先生!それは正しいことなんでしょうか?」

講師「(真面目な顔で)まぁ、こういうことは人それぞれなのですが、○○先生(官能小説界では有名な作家)の場合は、書いている間は、抜かずに溜めに溜めて書かれてらっしゃるそうなので、時には、欲情のエネルギーを紙面に爆発させる、という手法も有効でしょう」

こういうやりとりが、真面目に行われているそうなんですって(笑)。

あ、笑っちゃいかん、笑っちゃ。

傍から話を聞くだけだと、随分と滑稽に聞こえてしまいます。主催者や参加者には申し訳ないのですが。

しかし、もし、この合宿参加者から将来を背負って勃つ、いや、立つ、偉大なる官能小説家が出現しないとも限らないので、是非今後の参加者の動向を、螢博士と一緒に見守りたいと思います。

勝目梓

ちなみに、私は官能小説はあまり読みませんが、勝目梓の作品は、その昔何冊か読んだことがあります。

勝目梓の作品は、わりかし、人物設定や背景がしっかりしているので、読んでいて妙な違和感や、いかにも「やるためにやる」話に終わっていないところが好きです。

ま、最後は「やるためにやる」な話であることには変わりはないんだけれども、話の運びがスムースなので、読んでいて楽しめるんです。

さて、ここまでが長い前置き。

ジャズ評論家合宿があればいいのに

さて、官能小説家になるための合宿が存在しているということを知った私。

そこで、ふと思ったのは、「ジャズ評論家になるための合宿」って可能なのかなぁってこと。

というのも、私もときおり右のコーナーにリンクを貼ってあるような本の執筆をお願いされることがあるので、一応、プロといえばプロなんだろうけれども、じゃあ、「ジャズ評論家」なのかというと、そういう自覚もまったくないんです。

ネット上にジャズのことを書き散らかしていたら、たまたま声がかかって……、というのが本当のところで、今でも、メルマガを配信し、レビューをネット上で書き殴っている私は、「ネットでジャズのことを書いている人たちの中のワン・オブ・ゼム」ぐらいの認識しかないんですね。

本当の(?)ジャズ評論家ほど博覧強記でもないし、自分名義の著作を発行しているわけでもない。

それに、好き嫌いの偏りが激しいので、フラットかつ客観的なスタンスで等しく音源を紹介することは性格的に難しいのではないかと思っています。

もちろん頼まれたら、それはとても真剣に取り組むけれども、普段はお気楽、気ままに、自分が感じたこと30%、すでに言い古された通説70%を書いているにすぎない。

と自分では思っている。

だから、そんな私が、ちゃんとした「ジャズ評論家」になるための講座があったら、受講するべきなんだろうなぁ、と思ったわけです。

やっぱり難しいのかな

し、か、し。

ジャズ評論家になるためには、ハッキリ言って、合宿に2~3日参加しただけでは到底無理だな、とも思いなおしました。

たとえば、選考試験のようなものがあって、ジャズのある程度の基礎知識や歴史を身につけていない人をふるいにかければ話は違うんでしょうけれども、それでも、やっぱり難しいかな。

きっと、ニューオーリンズからスウィング、ビ・バップ、ハードバップ、モード、フリーといった歴史的流れの授業で半日は終わってしまうことでしょう。

しかも、ジャズの歴史を覚えたからって良い評論を書けるとは限らない。

しかし、ジャズの歴史を知らない人に良い評論を書けるわけがない。

あと、実際音を聴いていないと書けません。

ジャズの知識皆無な人が合宿に参加していたとしたら、まずは、膨大な音源を聴いてもらい、ジャズの基礎知識と、基礎フィーリングを身に着けてもらわないと困るし、名盤と称されるアルバム、最低でも100枚は耳を通した上に、これらの録音年代やパーソネルぐらいは暗記、ではなくて、日常感覚的に出てくるぐらいまでのレベルになってもらわないと、読み手の気持ちとしては、これぐらいの基礎知識すらも欠いている人の解説は読みたくないですからね。

しかし、だからといって、アルバムをたくさん聴き、録音年代やパーソネル、レーベルに関しても生き字引のような知識を持っている人が、ためになる、あるいは面白い批評を書けるとは限らない。

単なるデータオタクかもしれないし。

しかも、ジャズ評論(音楽評論)の厄介なところは、音を言葉で紹介するという作業がどうしても生じてきます。

ハッキリ言って、これには限界があります。

限界を認識した上で、プロの書き手は、うまく書いたり逃げたり(笑)しているわけです。

ここが官能小説の描写とは違うところで、おっぱいの大きい小さいは、具体的に読者にイメージを想起させますが、私がよく使う「蒼い音色」という言葉は、受け手によって抱く印象は様々です。

実際は音を聴いてもらうのが一番早いわけで、その音に代替できる言葉というものは存在しない。

しかし、それを承知で「蒼い音色」や「ヒタヒタ感」という言葉が使われるわけです。

「ブッカー・リトルの蒼いトランペットが~」という文章は、ブッカー・リトルを聴いたことがある人からは、「なるほど、たしかに蒼だよな、うまい表現するねぇ」と納得してくれるかもしれませんが、聴いたことの無い人にとっては、「何?蒼?、山口百恵の『蒼いとき』か?(古)」 みたいに、全然違うイメージを引っ張ってきちゃうんですよね。

このへんのギャップをどうするのか?

べつに、どうしたって、どうにもならないよ、という勝手に私は諦めてますが、でも、もしジャズ評論家講座なるものがあったとして、このような修辞に関しての授業もカリキュラムの中にふくまれているのであれば、私は是非参加してみたいな、と思います。

ジャズ評論って、ま、狭い世界ではあるんだけれども、「餅屋は餅」という言葉もあるとおり、他の世界とは違った温度のある世界ではあるんですよ。

一番の問題は、投資額(買った資料やCDの値段)に見合うリターン(原稿料)が少ないということかな(笑)。

ほんと、好きじゃなきゃ出来ない世界だと思います。

私のように、趣味と割り切り、実入りとかはさておいて、オレは音楽のことについて書くのが好きなんだ、という自負がないと、無理な世界でしょう。

もし、お金が目的の大きなパーセンテージを占めるならば、官能小説家のほうがずっと良いような気がします。

ジャズを聴くバカ、聴かぬバカ

……と、ここまで書いていたら、中山康樹氏の本の内容を思い出してしまった。

ジャズを聴くバカ、聴かぬバカ―超裏口入門編ジャズを聴くバカ、聴かぬバカ―超裏口入門編

ジャズ業界(?)に憧れる人は、憧れる前に読んだほうが良いかも。

いや、読まないほうがいいかも。

ジャズと、それを取り巻く世界が嫌いになるかもしれないから。

記:2006/03/26

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