カフェモンマルトル

text:高野雲

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ジャズ心が疼きまくった1日

      2016/05/18

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yomichi

昨日から今朝にかけては、久々にジャジーな1日でした。

まず、昨日の夕方、私が所属しているバンド「サタデイ・ナイト・ジャズ・プロジェクト」のメンバー笛吹きアルズ氏主催の「ジャズフルート友の会」のオフ会。

アルズ氏は、フルート吹きには珍しく(?)ボサノヴァがあまり好きではなく、むしろ、ビ・バップ、ハードバップのバリバリの4ビートだ大好きだという硬派なフルート吹きです。

いや、フルート吹きだから、ボサノヴァも吹くだろうという先入観は、よくありませんよね。

それが証拠に、彼がミクシィで主催している「ジャズフルート友の会」は、300人以上の会員登録があります。

この300という人数はあくまでミクシィ上での人数で、おそらくは氷山の一角。

つまり、日本全国には、フルートをやっていて、なおかつジャズも好きだぜぃ、ジャズフルートを吹きたいぜ!という人たちがまだまだ、たくさんいるということです。

そんな彼がコミュニティを立ち上げて1年を記念して開催したのが、昨日のスタジオセッションのオフ会なのです。

フルート吹きが10数人、スタジオで集まり一大セッションタイムとなったわけです。

私はリズムセクションのヘルプとして彼からお呼ばれされまた。

そして、微力ながら、フルーティストたちが次々とソロを取る中、伴奏リズム隊としてお手伝いをさせてもらいました。(といっても、もう1人のベーシストに任せっぱなしでほとんど弾かなかったんだけど)。

ドラマーも「サタデイ・ナイト・ジャズ・プロジェクト」のメンバー、アイスマン氏が呼ばれてきておりました。

そして、「サタデイ・ナイト・ジャズ・プロジェクト」のリズム隊以外にも、アルズ氏は、もう1人のベーシストともう1人のドラマーにも声をかけており、スタジオにはベース2人、ドラマー2人が待機するというカタチとなっておりました。

これは、アルズ氏なりの配慮。

つまり、フルート奏者10人が、たとえば、一曲につき5分ずつソロを取ったとすると、単純計算で、1曲50分はかかってしまう。

そうすると、さすがにリズム隊は疲れてしまうだろう、だったら、交互に伴奏してもらったほうが良い、という考えのようです。

もっとも、私は学生時代には、1時間以上、延々と一つの曲を休まずに弾き続けるといったことはしょっちゅうだったので、べつにその体力的というか持久力的なところは問題ないのですが……。

ま、アルズ氏としては、「タイプの違うベーシスト2人、ドラマー2人を配してみたかった」という狙いもあったみたいで、

前もって、「声をかけているもう1人のベーシストは、雲さんと対照的なタイプですよ」と言われてました。

で、スタジオにいらしていたもう1人のベーシストさんのプレイを聴いてアルズ氏の言わんとすることが、「なるほど」と分かりました。

堅実で丁寧なベースを弾く人なのです。
そして、とても上手。
私がどう逆立ちしたって彼のようなプレイは出来ません。

私のように乱暴でもなく、面倒くさくなると、4小節ぐらいテキトーにライン誤魔化しちゃえ! そのほうがむしろ面白い効果が生まれるかもしれないぜ的なテキトー&サボリな根性が皆無な人なのです。

「温和ではずさないベースでしょ? 若いのに落ち着いているんですよ。いまどき珍しいんですよ」とアルズ氏。

てことは、俺は年寄りで、落ち着いてないってことなのね(涙)。

まいいけどね、ホントーのことだから(笑)。

でも、フロント陣を引き立て、あくまで伴奏に徹する役割を求められるセッションにおいては、彼のような堅実で柔軟なタイプがまさに適任。
アルズ氏が、彼に声をかけた理由がよく分かりました。

てことは、俺の役ドコロは、彼が疲れたときの「ヘルプ要員」なんだな。

こう悟った私は、ほとんどの演奏は彼にまかせっきりで、どちらかというと見学を楽しんでいました(笑)。

退屈なときは、隅っこでこちょこちょと晩年のマイルスバンドにいたフォーリーのように、ハイポジションで和音を弾いたりして遊んでいました。

それにしても、ビックリしたのは、このセッションで思わぬ人と再会できたこと。
かれこれ10年以上前に組んでいたバンドの人がこのセッションに参加していたんですねー。

お互い目を丸くして、
「あー!!」
「おー!!」
と指を差し合ってのビックリ再会。

彼女は当時アルトサックスを吹いており、アルト+ベース+ドラムという渋いピアノレストリオの編成で、柏でライブをやったりしていたのですが、なんとなく自然消滅し、以来、年に1度の年賀状のやり取りだけになってしまい、7年ぐらい前の年賀状に「フルートに転向しました」ということが旨が書かれていたので、フルーティストになったことは知っていましたが、まさか、昨日、思わぬカタチで思わぬ場所で再会するとは思ってもみなんだ。

ジャズやってると世界狭いよね(笑)。

ローランド・カークが大好きだった彼女は(今でも好きみたいですが)、とにかくアルトをぶりぶりと豪快に吹き鳴らすことに命をかけていました。

しかし、楽器が変わったためか、あるいは10年の歳月の年季と人生経験からか、昨日の彼女のプレイを聴くと、とても丁寧に、印象に残るフレーズ組み立てて吹くスタイルになっていました。

もちろん、私とバンドをやっていた頃も、フレーズの組み立て方やそれに伴った音の飲み方、アーティキュレーションなどは熱心に研究はしていたようですが、そのときの研究や勉強が、非常に分かりやすいカタチとして結実しているな、と思いました。

特に昨日のセッションでは、《オール・ザ・シングズ・ユー・アー》という曲に私はベースで参加したのですが、この曲は、昔、飽きるほど彼女と演った曲なのですが、多くのフルート奏者が次々とソロをとるなか、彼女の吹いたフレーズがすごく頭にコビリついて離れなかった。

ドラムのアイスマン氏も演奏後に同じことを言っており、「彼女のソロのときが一番ドラマーとしては煽られた、もっと盛り上げなきゃアカンと思った」とのこと。

やはりリズム隊の受けた印象は同じみたい。

で、このことを打ち上げの場で、彼女に伝えたら、「ベースも良かった」とのこと。

わーい。

ベースのなにが良かったのかというと、「音が良かった」ボリュームのバランスがよく分からないまま演奏に突入したので、音量は絞り気味で弾いていたんだけども、「すごく音がよく聴こえた」だそうです。

だははは(涙)

私、いつも楽器の音は誉められるけど、プレイは誉められたことないのよ(涙)

でもいいの。

フレーズ、プレイ内容以前に、楽器奏者のもっとも心砕かねばならないことは、なにはさておき、もっとも原初にして困難、かつ奥深い課題は「音」なのだから。

だから、バイオリニストはストラディバリウスが欲しいし、他の楽器奏者も、高価な楽器を手に入れたくなるのは、べつに大金を使いたいのではなく、あくまで材質、品質へのこだわり。そして、それが生み出す(であろう)豊饒なる音色、なのです。

そして、楽器を良い音で鳴らすのは、もちろん、楽器そのものの材質やバランスの占めるパーセンテージは大きいのですが、最終的には楽器を鳴らす人間の「テクニック」だと思っています。

音色も技量のひとつ。

そして、もっとも大事な「テクニック」。

プレイよくても、音色がセクシーじゃないと、すべてがダメだと私は思う。

人間に置き換えると分かりやすいでしょ?

ホラ、どんなに立派なご高説でも、その人の声色がいまひとつだと逆効果。

逆に大した内容じゃなくても、よく通る声で堂々と話された内容って、なんとなく説得力を感じるじゃないですか?

このことは、そのまま楽器の音色に当てはまると思うんだよね。

ま、湯水のようにお金を使いつつオールドベースを何本も渡り歩き、自分なりの音色感や楽器哲学を実践を通して少しずつ築き上げ、

最終的に(最終じゃないかもしれないが)たどり着いたのが、昨日スタジオで弾いた60年製のプレシジョンなわけだから、音がいいのはアタリマエなんだけども、でも、音色を誉められるのは、だから、二重の意味で嬉しいのです。

そう、下駄の歯をすり減らして(私はプライベートでは靴を履かないので靴底をすり減らしてという表現は適切ではない)、いろいろな楽器屋を渡り歩き、たくさんの楽器を試奏したり、楽器を買うお金を作るために働いたり、値切りの交渉をしたり、雑誌や本、あるいはショップの店員さんと話して知識を得たりと、そういったことも、広義では自分の音を得るために必要な「テクニック」だと私は解釈しています。

ま、それはともかく、

昨日のセッションは、フルーティストが10人近く、ピアノが1人に、ギターが2人、パーカッションが1人(ソロをとっていないフルーティストもパーカッションを使っている人も多かった)、ドラム2人、ベース2人という大所帯編成で、和やかにセッションが進行してゆきました。

皆さん楽しそうで、私も見学楽しませてもらいました。

でも、それだけじゃ、私のジャズ根性が納まるはずもありません。

スタジオでのセッションのあとは居酒屋で打ち上げでしたが、打ち上げの後は、私は「intro」に向かいました。

ちょうど、セッションのスタジオも、打ち上げの居酒屋も高田馬場だったので、歩いて5分の距離に「intro」がある!

へっへっへ、ここで思う存分ベースを弾いてやろっと。

あ、そうそう、知らない方に説明いたしますと、高田馬場の「intro」というジャズ喫茶は、土曜日の夕方6時から、翌朝6時までは、ジャズのセッションタイムなのです。

安い値段でセッションに参加できる上に、しかも、レベルが高いので、ここのセッションでシノギを削るプレイヤーたちの熱い音を聴いているだけでも、ものすごく刺激になるのですね。

だから、最近はご無沙汰していたんだけれども、昔はよく赤ん坊の頃の息子を連れて、1m先で、バシャーン!と鳴り、50cm先でボワッ!とサックスが咆哮している中で、私は息子のオシメを取り替えてたりしていた(笑)。

息子は赤ん坊の頃から、高田馬場の狭い地下の一室で、真夜中に繰り広げられるアンダーグラウンドな熱気を全身で浴びていたのですね(笑)。

いや、べつに将来ジャズマンにしようとか、音の英才教育とか、そういうことを考えていたのではありません。

プロ、素人関係なく、ジャムセッションに集ったジャズマンたちが放つ渾身の音、時には緊迫感あふれる音同士のつばぜり合いを全身の細胞で受け止めて欲しかった。

ただそれだけの理由。

自分のせいぜい1~3mの先の至近距離で行われている、生々しくも熱く迫力のある現場の空気を吸収してもらえれば、絶対将来はカッコいい男になれると思ったから。

オトコにとっては、勉強、学歴、年収以前に、これって、とても大事なことです。

「カッコいい」の定義は、いろいろあるだろうし、人によってカッコ良さは違うと思うのだけれども、それでも、少なくとも、ジャズマンはカッコいい、と思う。

いや、カッコ悪い人だってもちろんいるよ(笑)。

経済力がなさそうだからカッコ悪いという、現金な女性もいるかもしれない。

ま、そうった例外もあるにせよ、それでも、カッコいい比率が高いと個人的には思う。

自分自身を音にこめて放つという行為そのものがカッコいい。

他のジャンルの音楽以上に、自分自身が裸、むき出しになりやすい即興の要素の多いフォーマットの中、難しいことは何一つない、要するに「音」で相手を震えさせるか、させないかというシンプルな原則の中で闘っている。

この分かりやすさ、シンプルさは、スポーツ選手もそうかもしれないし、モノづくりをしている職人も同じだと思います。

これが出来るためには、自分の中に「きちんとした中身・自分自身」がないと出来ない。

自信、勢い、瞬発力も必要だろうし、知性だって必要。

相手の音を聴き、かつ自身のプレイに反映させるという瞬間的な情報処理能力が求められるので、頭の反射神経の鈍い人にはツラい世界かもしれない。

しかも、言葉ではなく、「音」一発で相手の気持ちを揺さぶらないといけない。

生まれつき外見がいい人は恵まれているよなーとは思いますが、外見のいい人よりも、「自信と勢いと瞬発力と知性があって自分を持っており、なおかつ音で相手の感情を揺さぶる男」のほうがカッコいいに決まっている。

いや、カッコいい可能性が高い。

だから、ジャズマンは今も昔もモテるわけですが、考えてみれば当然のことなんです。そんな男、女性が放っておくワケないじゃないですか。(もちろん、そうじゃない人たちもいるんでしょうが、それは、私が羅列した上記条件のどれかが欠けているだけの話でしょう、きっと)。

こういうカッコいい人たちの出す音を息子に浴びて欲しかった。

だから、そうだな、息子がまだオムツ時代にはよく連れていっていたかもしれない。

その後は、しばらくご無沙汰だったんだけど、店の人は、私のこと「子連れベーシスト」としてよく覚えていてくれました。

「昔はよく、ボクがサックス吹いている目の前でオムツを取り替えてましたよね」(笑)、と。

フルートセッションの打ち上げが終わり、駅に向かう皆に向かって、「おーい、誰か、イントロのセッション行かない?」と尋ねるも、ほとんどの方から「もう電車ないから」と断られてしまいました。

ただ、onozukaさんという、フルートも吹き、かつシゴトではアルトもテナーも吹くマルチリード吹きの方が、付き合ってくれました。

さらに、店のカウンターで飲み始めたぐらいのタイミングで、笛吹きアルズ氏も合流。

結局、「ジャズフルート友の会」のオフ会に参加したメンバーの中の3人がイントロのセッションに参加することになりました。

いやぁ、楽しかった、

イントロの空間で初めて俺のジャズ心にエンジンがかかってきた、

熱かった、燃えた、

久々になりふり構わず真剣にベースを弾いた(笑)。

で、気付いたら、朝になっていた(笑)。

今回のセッションで嬉しかったことは、椎名林檎に似た女の子2人を発見したこと(笑)。
いや、椎名林檎をもう少し可愛くした感じ?
あるいは、モデルの今宿麻実の刹那的でクールな表情をもう少し温和にした感じにも近いかな。

とにかく、髪型はショートで、眼差しがクール、音はホットなところに私は林檎を感じたのです(笑)。

2人のうちの1人は、バイオリン弾きで《ナルディス》を弾いておりました。
バイオリンの音色に《ナルディス》は似合うねぇ。

もう1人はトランペッター。
東京事変を結成する前の頃の林檎ちゃんを可愛くした感じ。

でも、可愛らしさとは裏腹に、音がジャズそのものなんだよ。

私が大好きなケニー・ドーハムを彷彿とさせる音色。
私が大好きなブルー・ミッチェルを想起させるフレージング。

そして、ちょっと猫背気味にラッパを下に向けた姿勢で、客に背中を向けながら4バースのときにステージに再登場する姿は、まるでマイルス(笑)。

うーん、素晴らしい。
こういう子とバンド組みたい。

カウンターで席が彼女と隣になったので、「君の音色を聴いていたら、ケニー・ドーハム思い出しちゃってさ、セツなくなっちゃったよ」と話したら、「嬉しい、もう死んでもいいです!」

死ななくていいから、俺と一緒にジャズやろうよ(笑)。

で、店の人に「この子と《アイル・クローズ・マイ・アイズ》演らせてください!」と無理矢理お願いして、ブルー・ミッチェルの名演で知られる《アイル・クローズ・マイ・アイズ》で、彼女のトランペットと共演させてもらいました。

俺、もう死んでもいいわ(笑)。

あどけない表情と、キラキラした目をした自称「普通のOL」の女の子なのに、どうしてだろう?テクニック的なことではなく、この子のラッパの音には、なんというか、諦観というか、醒めた気怠さがあるんですよ。

ちょうど、チェット・ベイカーのような、絶望と葛藤の末にたどり着いた虚無的なたたずまいというか。

ま、ちょっと誉めすぎというか、多少大げさに書いていますが、カウンターで聴いていた彼女のラッパは、酔いの勢いも手伝ってか、そう感じた。

性別とか年齢などで音を判断しても意味がない。もちろん、そんなことは百も分かっているんだけどさ、それでも、私の手相を見ながら「あ、ここに“ジャズマン線”が出ています!」と無邪気に言っているような子がひとたびトランペットを斜め下に構えたとたんに出てくる音、フレーズの捻り方などを聴いていると、そのギャップに驚いてしまいます。

まぎれもなく、ジャズマンですよ、彼女は。
あ、ジャズウーマンか。

ま、どっちでもいいんだけど、強烈にジャズを感じる人に久々に会いましたですよ。

嬉しい。

こういう人が、気がつくと自分が座っているカウンターの隣の席に、なにげなくいたりするのだから、東京ってところは恐ろしい(笑)。

しかも、自称「普通のOL」が、1人で深夜、始発電車が動く時間まで、1940年製の年季の入ったシルキーのトランペットを片手にカウンターに座り、深夜のジャムセッションに参加しているのだから、東京ってところはなんてカッコいいのだろう(笑)。

しかも、六本木でも新宿でもなく、高田馬場ってところがシブイではないですか(笑)。
トーキョーシティーは、まだまだ捨てたもんじゃないという希望が湧いてきます。

彼女のようなカッコいい女性が今後もっと増えてくれることを望みますし、彼女のような女性があと50人ぐらい増えれば、東京はもっともっともっとカッコいい街になると思う。

今、日本の中心トーキョーに必要なのは、クリエイティヴィティの伴ったカッコ良さなのよ。

それが伴わないカッコ良さなんて、ホントのカッコ良さじゃない。
うわべだけの虚飾バカです。

彼女のようなカッコいい女性が増えれば、オトコも刺激されて、もっともっと頑張るし(頑張らないオトコもいるだろうけど、そういう奴はほおっておこう)、頑張った結果、いいオトコが増えれば、オンナも頑張る。いいオンナが増えれば、オトコも頑張る。
相乗効果スパイラルが期待できそうじゃないですか(笑)。

と、まあ私の希望的楽観論は置いておいて、と。ジャムセッションに参加したり、酒を飲んだり、カウンターの隣に座った人たちと話しているうりに、あっという間に閉店時間。

シルキーちゃんは「あー飲み過ぎたぁ」と言いながら店を去り、カウンターに残ったバイオリンの女の子と、彼女のお友達、そして、アルズ氏の私の4人が、カウンターで他愛のないバカ話にしばらく興じ、バイオリン《ナルディス》ちゃんが、「富士そばでワカメ蕎麦食べたい!」というので、彼女と彼女のお友達と私の3人で、駅前の富士そばへ行き、蕎麦を食べました(笑)。

酒呑んだ翌朝の、しょっぱくて濃い味の立ち食い蕎麦ってウマイんだよねぇ(笑)。

なかなかジャジーで充実した時間をすごせました。

記:2007/07/22(from「趣味?ジャズと子育てです」)

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