「勝ち・負け」について。

      2016/11/13

janken

あなたの「負けたくない」ことって? というお題目なんですが、あらためて、「勝ち」とか「負け」について考えてみたんだけど、あんまり私、「勝ち」「負け」って考えたことないんですよ。

スポーツのように「勝ち負け」を競うことは別だけど、常日頃、勝負ごとではないことに、いちいち「勝ち」、「負け」に躍起になっている人をみると、正直バカじゃないかと思ってしまう(笑)。

そういう人は少なくとも私と波長の合う人じゃないし、したがって、私の友人にはそのような「勝ち」とか「負け」といった言葉が口癖の人っていないですね。

「楽しい」か「楽しくない」か、あるいは、「ふさわしい」か「ふさわしくない」かに敏感な人のほうが多い。

私自身がそのような性質(たち)だからかもしれないけど。

以前、「2ちゃんねる」のあるスレッドで、「私叩き」が行われていたらしいんだけど(涙)、その「叩き」の理由が稚拙で笑ってしまい、同時に呆れてしまったことがあります。

曰く、私のブログのリンク先よりも、自分のブログのリンク先のほうがレベルが高いから、自分は高野 雲に「勝っている」。

そんな論法で、「勝ち」を誇っている人間がいたんですよ。

なんじゃそりゃ(笑)。

だいたい、「リンク先のホームページのレベル」で勝ち負けという発想に驚き、「へぇぇ、勝負好きさんって、こういうことも勝負のネタにするんだ」と少し感心してしまった(笑)。

よく映画なんかでギャンブル好きが、なんでも賭けごとの対象にしてしまうシーンがあるけど(あの女、あの椅子に座るかどうか賭けようぜ、みたいな)、それに近いものを感じてしまいましたですよ。

いちいち相手のデータやスペックを観察しながら、「ここは勝ってる、ここは負けてる」と一喜一憂しているんですかね。

そういう発想がそもそもない私には、それはそれで「世の中にはいろいろな人がいるんだなぁ」と思ったものです。

さて、強いて私にとっての「勝ち・負け」を考えてみると、つまり、自分にとっての「勝ち」はなにかというと、唯一思い出すのは、「誘惑に勝つか負けるか」かな。

これは、毎日とはいわないけど、常日頃戦っている気はする。

で、だいたい負けてます(笑)。

もっとも、誘惑に呑み込まれること、私は必ずしも悪いことだとは思っていないので、あんまり「勝った」「負けた」にはこだわってませんが。

そんなわけで、マイペースですね(笑)。

私が嬉しくなったり、悲しくなったりする要因は「勝ち負け」ではなく、「思ったとおりにものごとが進んでいるか・いないか」だけなんです。

で、こういうことは、「勝ち・負け」とはいわないからね。

うん、そういうわけで、私の場合「勝ち」「負け」とは無縁の世界で生きてます(笑)。

記:2009/03/18

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