樋口さんは電話で息子に「基礎英語やりなさい。ラジオを買ってあげるから。」

   

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アイデアマラソン研究所・所長の樋口健夫さんは、『父親だからできる子育てマネジメント』という本も出しているほど熱心な教育パパです。

3人の息子を立派に育てあげ、お子さん3人とも、優秀な社会人として現在、社会に出て立派にご活躍されています。

じつは、私も樋口さんにはおよびませんが、教育熱心、というよりも単に息子と遊ぶのが好きなだけの父親かもしれませんが、こと子育てに対しての考え方は、樋口さんと共通するものがあり、いつも、樋口さんとお会いするたびに「向いてる方向が同じ目線だよねー」と、子育ての話で盛り上がっています。

幸い、樋口さんは、私の息子のことをえらく評価してくださっており、「この子は将来天才になる可能性がある!」と、何かと目をかけてくれていますし、息子も、樋口さんのことが大好き。

いつも、「樋口のおじさん、樋口のおじさん」といって、まるで3人目のおじいちゃんのようになついています。

おかげで、樋口さんからは、ずいぶんと「これ読めよ」と本を買っていただきました(感謝)。

先日、樋口さんと電話で話したときのこと、「これからは英語だよ、英語、基礎英語だよ、小学校3年生からやっておいたほうがいい、うちのヨメサンも、朝昼晩と3回基礎英語を繰り返し聞いただけで、英語話せるようになったんだから、やっといたほうがいいぞー」と電話口に出た息子と私に繰り返し力説されていました。

あのぉ~樋口さん、俺ら家族は将来フランスに住むのが夢なので、寝ている息子の耳に、いつもフランス語会話を録音したiPodのイヤフォンを突っ込んで、簡単なフランス語を睡眠学習させてるんですけど……

と私が言うと、ダメダメ、フランス語よりも、英語。

英語は大事よ~、だから基礎英語やらせなさい、と力説。

3人の息子さんに向けられていた教育のエネルギーがそっくりそのまま息子に向けられているように感じました。

ありがたいことではあるのですが……。

樋口さんから電話がかかってくる少し前に、私は、『マイルス自伝』の原書と日本語訳の本を息子に見せながら、翻訳とは、いかにニュアンスが大事なのかを話していました。

たとえば、直訳すると「私にとっての最初の記憶は、たしか青く燃える炎でした」みたいになる文章でも、マイルスのことを深く理解している中山康樹さんの手にかかると、「炎だ。青い炎」みたいに訳しているんだよ、といったようなことを、息子に話していたのです。

あ、ちなみに、今本が手元にないので、上のカギカッコの中の言葉はテキトーです。

カムバック以降のマイルスの音楽(というよりファッション?)が好きな息子は、本当に解かっているのかどうかはわかりませんが、「うめぇ!その翻訳!」と感激していた矢先に、樋口さんからの「基礎英語やれ」の電話だったので、「よっしゃ!俺も英語ができて、スパイダーマンをカッコよく翻訳するんだ!」とはりきり出しました。

ただひとつ問題があって、うちにはラジオがねぇ~!んです(笑)。

どうしても息子に基礎英語をやらせたい樋口さんは、「じゃあ、おじさんがラジオをプレゼントするから、そのかわり基礎英語をやろうね」で、商談成立(笑)。

ソニーのラジオを急いで送るから、テキストはお父さんに買ってもらって、とにもかくにも、朝でも夕方でも夜でもいいから、基礎英語をやりましょう、ということになりました。

昨日は家に帰っていないからわからないけど、もう届いていることと思います。

ラジオの梱包を解いて、「やったー!」と喜んでいる息子の顔が目に浮かびます。

でも、ラジオを貰ったことに喜ぶのではなく、ちゃんと基礎英語やるのだぞ。

あ、ちなみに、私は基礎英語、1年間通しで続けたことがありませーん。

だいたい、4月で挫折しています。

うん、まさにちょうど今頃のタイミングで「やーめた!」になっているな。

そんな父親の子供だから、ちゃんと毎日聞くようにケアしてやらんとダメそうだな。

▼樋口さんとともに、息子が敬愛するもう一人の“おじいちゃん”最新作

記:2008/05/01(from「趣味?ジャズと子育てです」)

この記事へのコメント

■アイデアマラソン教育法
こんにちわ。アイデアマラソンの樋口健夫です。小学校の時から、NHKのラジオ放送の英語をきちんと聞く癖があれば、①英語の発音が良くなる→英語が好きになる。②継続力がつく→何にでも応用できる活力の基
がんばってください。
Posted by 樋口健夫 at 2008年05月01日 08:25

■英語は大切、でも...
ウチには子供がいないのであまりエラソーには言えませんが、もしうちに子供がいたら、わたしは外の世界があることを、英語よりも先に子供に教えたいですね。

「今オマエがいる世界以外にも、外にはいろんなことがあるんだそ~」なあんてね。

で、その世界に興味を持ってそこにたどり着きたいと思ったら、英語でも何でもそこにたどり着くための外国語を本人が勉強すればいいんだ。

オヤはそれを横で見守ってやればいいんだ。

こんな気がします。

そうは言いつつも、わたしも基礎英語にはお世話になったひとり。今の自分を振り返ると基礎英語さまさまです。基礎英語の威力は絶大だと思っております。
Posted by 八神かかし at 2008年05月01日 12:39

■樋口さん
書き込みどうもありがとうございます。

じつは、先日基礎英語のテキストは買ったはいいんですが、シゴト徹夜で、いまだ家に帰ってません(笑)。
はやく送られてきたラジオみたいし、
早く息子にテキスト渡して
「ひぇ~、これオレやるの?!」
と、目を丸くさせたいです。

そーいえば、
いつのまにか、
基礎英語のテキスト、
大判になっていたんですね。
Posted by 高野 雲 at 2008年05月01日 12:39

■外の世界1
八神さん

こんにちは。

モチベーションが先、
そのモチベーションに基づいての、
「手段としての英語」

というお考えはよく分かります。

ただ、八神さんのおっしゃる
「外の世界」は具体的にどういう世界なのか、をもうちょっと詳しく教えてもらえばなぁ、と思います。

今の私が親として、息子に見せられる「外の世界」とは一体ナンなのだろう?
これは、常に自問自答していることなので。

ちなみに、
息子は、マイケル・ジョーダンをはじめとした有名アスリートに抱っこや握手をしてもらったり、
某大御所映画監督の取材に立ち会わせ、強制的に質問させたりもしてます(笑)。
で、そこで知り合った、大ヒット映画の某俳優や声優さんたちの飲み会にも昔は参加させて可愛がられていました。
旅行は、学校休ませてでも南の島(ハワイ、奄美、沖縄など)には極力連れていってますし、
私がベースを教えていた政治家志望のブラックアメリカンと仲良しになって、彼と二人っきりで、遊びにでかけさせたりもしました(二人とも言葉が通じないはずなのに、とても仲良しでした)。
ゲームやおもちゃの発売前の発表会やプレゼンにも末席にですが出席させたり、
映画館には月1回の頻度で連れていってますし、
CMや映画の撮影も見学させたり、
ビジネスマン対象のセミナー(「マインドマップ」など)にも出席させたこともあります。
大人同士の飲み会にもなるべく参加させ、話に加わるよう意識づけてますし、
「なんとなく絵になるから」という理由だけで、某ホテルの子供は入店禁止のバーでも特別に入店が許可されたり(笑)と、
ま、書き出すとキリがないのですが、
わりかし、この年齢(8歳)の子供にしては、
「外の世界」に触れているように思います。

というか、親の私が、
強引に触れさせているのですが(笑)。

(つづく)
Posted by 高野 雲 at 2008年05月01日 13:11

■外の世界2
(つづき)

ま、親としては、
親の特権をフル活用して、
可能なかぎり、息子には「外の世界」を見せるように努めてきたつもりなのですが、
中でも、息子にとっては、自分たち日本人とは、体格も言語も肌の色も異なる外国人との交流が、強烈な体験だったようで、とくにマイケル・ジョーダンに会えたことは、ものすごい心の中の糧になっているようです。

あとは、ハリウッド映画(笑)。

「お笑い芸人になりたい」と言っている一方で、
スパイダーマンやバットマンのようなアメリカン・ダークヒーローが好きな息子は、将来のもうひとつの夢は映画監督になることのようで(それも日本ではなく、ハリウッド)、
絵コンテを描く練習として、漫画をノートに書きなぐっている毎日を繰り返しながらも、
英語ができなきゃ、外人の俳優に命令できないよねぇなんて言いはじめていた時期なので、
今回の「基礎英語」は、なんとなく丁度いいタイミングでやってきたキッカケなのかなぁ、とも思っています。

あと、親として見せていない「外の世界」は……、
うーんと、
うーんと、

あ、そうだ!
親子でピクニックに行ったことがない!(笑)
Posted by 高野 雲 at 2008年05月01日 13:13

■興味を持ったときがはじめ時
です。何事も。
英語であろうと、音楽であろうと、べんきょであろうと、
早いも遅いも無いですよね。
まぁ、「もっと早く始めていれば~」って思うこともありますけどね☆
そうです。遅いって事もないのです。。。。とジブンに言い聞かせてみたり。。。(^^;
Posted by ごんあぢ at 2008年05月01日 19:35

■ですよね~
ごんあじちゃん

>興味を持ったときがはじめ時
ですよね~
だと思います。
Posted by 高野 雲 at 2008年05月02日 11:34

■英語力は大切。
オイラも英語力は大切だと思って、娘と息子をさっさとロンドンに行かせました。んで、大丈夫。英語圏の生活に投げ込めば解決します。娘は4年目、もうロンドンの大学で普通に授業を受けています。息子は1年で日常会話は問題なさそうです。生活に英語がない環境で憶えるより、必要な環境で生活した方がいいようです。因にこの方法は中学、高校の英語の成績とはゼンゼン関係ありません(笑)。
Posted by Tommy at 2008年05月03日 00:53

■趣旨
私もtommyさんのおっしゃるとおり、ホントに英語力(英語圏で生活できるチカラ)を身につけさせようと思えば、海外に放り投げます。まだ小さいからもう少し大きくなってからにするつもりだけど。
逆に、そうしないと脳が英語モードにならないから、いつまでたっても身に付かないと思います。
苫米地さんの本にも書いてあるとおり、2ヶ国語を話せる人は2重人格者だし、5ヶ国語を話せる人は5重人格者に脳がセパレートされるように、言葉によって形作られる人格が芽生えないと、真に語学が身に付いたとはいえないと思う。
それぐらいになるのは、やっぱり周囲が外国語の環境に身を置くのが英語脳に脳を最適化するためのてっとり早く、かつ効果的な方法だと思います。
そうしないと、日本語がメインの環境においては、潜在意識によって脳が多重人格構造になることへのプロテクトが働いてしまい、頭では理解出来るレベルにはなれても、生理的、条件反射的に英語な構造の脳にはなりにくいと思います。

では、じゃあなぜ、樋口さんのススメを我々は受け入れたのかというと、
1に、息子の関心が英語に付随するもの(映画、英語教室に通っている友達の存在、英語しか話せない私の友人と仲良くなりたい)がいくつかあるということ、
2に、実験(笑)。
うまくいけば、樋口さんに本を書いてもらうネタになる(笑)、
3に、到達地点が英語力そのものではなくても、樋口さんのコメントにもある「継続力がつく→何にでも応用できる活力の基」が身につけば、腰の強い大人になれる、
4に、いずれにせよ将来は海外に放り出すつもりなので(だから息子の名前は海外生活も想定して、外人が発音しやすいシンプルな名前にしているのです)、少しでも八神さんおっしゃる「外の世界」の耐性をつけておきたい
ということが挙げられます。

子供は未知なものに対しては、恐怖や抵抗感よりも好奇心のほうが勝るようで、ちなみに息子が生れてはじめて基礎英語に触れたときの感想は、
「むずかしいけど、おもしろい」
でした。
Posted by 高野 雲 at 2008年05月03日 06:25

■息子で実験、それは実にいい。
子供で実験ができるのは、親の特権です(笑)。オイラもいっぱい実験しました。
楽器やパソコンを与えたり、ゲームをあたえたり・・・。
これは植物の観察記録に似て、時間はかかるのですが、実に楽しい。無駄な事が多い遊びです(笑)。
んで、全てのことは実は自分がやりたかったことなのでは?と思ったりもします。
・・・ホントはロンドンに住みたかったのはオイラです。ジャズピアノが弾けるようになりたかったのもオイラ。英語を話せるようになりたかったのもオイラです(笑)。
オイラは子供の事を考えて、プランを立てているのではなく、自分がやりたいことだけを娘と息子に分けてプログラムしています。
大丈夫。興味がなければ辞めてしまっても問題ありません・・・自分ができなかったくらいですから(笑)。過剰な期待は禁物。
まぁ、今のところは、問題なく進行中。

因に娘はロンドンに住み始めのころブラジル人とルームシェアしていたので、ポルトガル語も話せるのですが、英語の発音が南米訛りで笑えました。最近はクインーズ・イングリッシュになっていますが・・・(笑)。

まぁ、大概のことは10代で決着がつくと考えているオイラは、もうこれ以上は子供たちで実験が出来なくて残念です。・・・次は孫を待つしかありません(笑)。
Posted by Tommy at 2008年05月03日 16:44

■そう、実験なんでーす。
子供のため、
とエラそうに言うと、
半分ウソになる、
本当は実験の要素が強いでーす(笑)。

でも、それでいいと思ってます。

それは違う!といわれるかもしれないけど、
樋口さんの子育ても、
結局は実験だったんだと思うよ。

実験っていう言葉が悪ければ、
試行錯誤。

そう思えば、ぜんぜんプレッシャーも
責任も、
なーんも感じません。

あとは、息子よ、
適当に頑張ってくれ!(笑)
Posted by 高野 雲 at 2008年05月03日 16:58

■外の世界とは
色々会話が進み、これから雲さんの問いかけに対して答えるのも「いまさら」の感はあるのですが、あえて一言。そしてウチには子供がいないので、「オトナの自分が子供だった自分を振り返る」形式で少し。

よくよく思い起こしてみると、あの頃(中学生の頃)の自分にとって英語を勉強することは、それ自体が目的とも手段だったともはっきりしていなかった、と言うべきだったのかもしれません。

ただ「自分が話した内容が外国人に通じて、相手からそれなりの反応が返ってきて、その反応の内容も自分で少しは理解できた」ということが、また、外国語を使って意思疎通が図れる快感のようなものが、ひとつのモティベーションになったような気がします。 そうしてみるとその時のわたしにとっての外の世界は日本語以外の世界。

当時から時間が経過して現在、わたしは仕事での必要性から二つの外国語を使っております。どちらも仕事を始める前にそれなりに勉強をしました。そのきっかけは、今思うと必然とも言えるし偶然とも言えるように思えてきます。でも「その言葉を話している世界を覗いてみたい」という気持ちはあったように思います。

外国語ができるようになるには、やっぱり本人の自覚が一番根幹になければならないでしょう。外国に行ったからと言って、それだけですべての人がその国の言葉を使えるようになるとも限りません。

ある程度継続的な自覚と努力が必要です。自覚も努力も、誰のものでもなく「本人の」という注釈つきです。そうなるとやっぱりモティベーションのようなものが大切なのでしょう。

当時の自分の親のことを思い出すと、「英語を勉強しろ」と言われた記憶がありません。そうすると、親としたらそんなモティベーションが継続できるように、陰からの応援が必要なんだと思います。

翻って空クン。いろんなことに興味を持っているようだし、それがオヤの押し付けによるものではない様子。その興味の向かい方は、きっと空クンの中では至って自然なことなんだと思います。

読み返してみたら、問いかけの答えには全くなっていませんね。
Posted by 八神かかし at 2008年05月04日 16:06

■八神さん
>読み返してみたら、問いかけの答えには全くなっていませんね。

なるほどなるほど、
でも、おっしゃりたいこと、よくわかりましたよ。
ありがとうございます。
Posted by 高野 雲 at 2008年05月05日 10:21

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