カフェモンマルトル

ジャズと映画と本の日々:高野雲

最近嬉しかったこと。懐かしい友人発見、バンドのメンバーがバークリー留学決定、そして奄美大島より黒糖到着

      2015/07/07

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boston

えーと、ここ1週間の間の嬉しいことを書いてみます。

懐かしい友達発見

中学、高校、そして私が浪人の間にとても仲良くしていた友達を偶然ミクシィで発見しました。

彼は良き友人、よきライバルでした。

YMO好きから端を発し、お互い、キーボードやシンセを買い、ミキサーを買い、2台のラジカセで多重録音をシコシコ繰り返しておりました。

で、お互いの作った曲を聴かせあって、「いいねぇ」とか「すげぇ」と感心し、ますます創作意欲に燃えて音楽を作る。この繰り返しの毎日でした。

およそ、中学から高校卒業してしばらくまでの7~8年の間、少しずつ楽器や機材をグレードアップさせながら、様々な音楽を作り、ときには一緒に録音をしたりして、楽しい時間を過ごしていました。

彼の作る音楽は独特で、私なんかには思いもよらない発想で次から次へと斬新な音楽を作っていました。

私の場合は、ヤマハ音楽教室やピアノを習っていたクセが悪い意味で出てしまい、「ここがこうくると、次はこうなる」という定石めいた流れ、それもオーソドックスではあるけれども、無難でさほど面白くない指クセがついつい出てしまい、これを払拭するのにはとても苦労しました。

無意識に「これ以上やるとヘンな音楽になってしまう」というバリアが働いてしまうのですね。

今でもそうですが……。

その一方で、ピアノなど鍵盤楽器は一切習わず、理論の独学すらしない状態で、本当に自分の出したい音のイメージだけを頼りに、丁寧に音を紡いでゆく彼の自由な発想はとても羨ましかった。

高校になると、深夜に彼の家を訪問し、焼酎を飲みながら一緒に曲を作り、寝ている家族を起さないように小さな音で、曲をレコーディングをしていましたが、今考えると、非常に贅沢な時間でした。

互いに大学生になると、バイトとか学校のことで忙しくなります。

私の場合は、ある時期などバイトを3つ掛け持ちをしながら、大学のジャズ研以外にも外でバンドをやっていたこともあったので、次第に彼の家に遊びに行かなくなってしまい、特に仲が悪くなったとか、そういうわけではまったくないんだけれども、次第に疎遠になってしまいました。

就職して今度は仕事が忙しくなってきた。

そうするうちに、いつのまにか彼も引越してしまい、引越し先の住所も分からないまま、月日が流れてしまったわけです。

そして、先日たまたまミクシィをグルグル周っていたら、彼のページにめぐり合ったという次第。
相変わらず、音楽活動をしているどころか、数年前にデビューもしているらしく、HPには、彼が制作した音楽のファイルがたくさんありました。

いやぁ、嬉しいなぁ。懐かしいなぁ。

そう思い、彼に「私は誰でしょう?」とメールを送ったら、「もしかして…?」という返事が。
そして、互いの近況を知らせ合い、今度会おうね、という流れになりました。

もう彼に会わなくなって何年経つんだろう? 

少なくとも17年は合っていないのかな、

ゲッ!すごい年月の経過だ。

一緒に酒飲んで笑いながら、エッジの立った音楽を次から次へと録音していたのが昨日のように感じるのに……。

彼がネット上で発表している音源を聴くと、よい意味で「変わってないなぁ」と嬉しくなってしまいました。

思わせぶりな出だし。

手がつけられなくなるほど発狂した展開になる曲が多く、ゴージャスな音色で、まるで指が歌うような即興演奏のバラードもあったり、と。

もちろん、当時に比べると機材も充実しているし、録音テクも見違えるほど向上しています。

しかし、キーボードを買って多重録音を始めた25~6年前の彼の世界が、そのまま今にも息づいていることがとても嬉しかった。

くわえて、最新機材も駆使しつつ、彼が一番最初に親にねだって買ってもらったカシオトーンのきわめて初期のモデル(当時で15万もしたシロモノ)も、今でも大事に使っていることも嬉しかった。

今では、結婚もして、うちの息子よりも年上の女の子もいるようだし、いやぁ、17~18年ぶりに会って、積もる話をしたいなぁ。積もりすぎて、3日ぐらい徹夜で飲んでいそう(笑)。

バークリー入学おめでとう!

2つ目の嬉しいこと。

それは、私が所属しているジャズカルテットのギタリストが、バークリーに入学することに決まりました。

彼は長らくボストンでバンドを組んで活動していたのですが、今度は、ジャズの登竜門バークリーに留学することに。

ちょっと前から「もう一回、本場でキチンとジャズの勉強をしなおしたい」という話を彼はしていました。

んだったら、どうせなら、バークリー行かないで、ジョージ・ラッセルに師事して、リディアン・クロマチック理論を極めた数少ない日本人になれば?などと冗談半分に言っていました。

そうしたら、ホントに留学を決めてしまった彼。

さすがに怪しさプンプンのリディアン・クロマティック方面ではありませんが、王道のバークリー音楽院。

今では、石を投げれば日本人に当たるほど、日本人がゴロゴロいる学校らしいですが、しかも、バークリーを出たからといって一流のミュージシャンになれるという保障は何もないのですが、それでも、シゴトを辞め、再びアメリカに渡りジャズを勉強するという覚悟は素晴らしいです。

是非是非、ジャズに溢れた現場でしっかり磨かれ、凱旋帰国をして欲しいものであります。

バンドから優秀なギタリストがいなくなるのは、滅茶苦茶痛手ですが、補充は探せばいる(はず)。

しかし、我々のバンドから、将来のジャズミュージシャンの卵が旅立ってゆくこと、淋しいですが、嬉しいことでもあります。

是非、腕を磨いて、将来は一流のジャズマンになって欲しいものであります。

えーと、その次の嬉しかったことは……、

奄美大島より黒糖が到着!

奄美大島より黒糖到着しました。

救援物資です。

なぜなら、私にとっての黒糖は朝に欠かせない栄養食なのです。

朝、目覚めたときは、水分補給に水を飲む。

それと同時に、目を大事にしなきゃ!と目覚めた私は(レーシック手術受けましたからね)、毎朝ブルーベリーのサプリメントも一緒に飲んでいます。

それと同時に、黒糖のカタマリを食べます。

糖分は、脳への栄養吸収がとても早いのです。

これで、朝の基本的な栄養補給と体を起動させる儀式はバッチリ。

それに黒糖、うまいしね。

上島珈琲店だっけ?

神楽坂にあるクリフォード・ブラウンの『スタディ・イン・ブラウン』とかチャーリー・パーカーの『ナウズ・ザ・タイム』のジャケットが飾ってある珈琲屋のチェーンあるじゃない?

私はいつもそこへ行くと黒糖ミルクを頼んでます。

それから、居酒屋とかで焼酎を頼むときは、だいたい黒糖焼酎。ま、芋焼酎のときも多いですが。

で、おつまみも置いてあるところは、黒糖菓子を頼みます。

黒糖焼酎と黒糖菓子は最高です。

ま、そんな感じで黒糖喰ってジャズ!な日常を送る私なのであります。

ただし、同じ砂糖でも、精製された白砂糖はダメ。

一見体に優しそうですが、あの白い粉は麻薬みたいなもんです。

黒糖同様、脳への栄養のいきわたりは早い。

しかし、脳がすぐに満足するから、さらに欲しがる。依存症が出来る。

砂糖を欲しくなるのではなく、白砂糖が入っている菓子だの、食事を腹は満たされていても脳が求める。

腹いっぱいなのに、なんだか喰い足りないときのような感触。あれは白砂糖を求めていることが多い。

それにつられて食べると、太る。

だから、デブを作るのは簡単で、白砂糖をいっぱい喰わせりゃいいわけです。

さらに、牛乳と玉子があればさらに完璧。

要はドーナツですね。

プレスリーが晩年太った理由は、彼の大好物はドーナツだったからです。

依存症といえば、噂話ですが、某飲料メーカーが、ウーロン茶に微量の白砂糖を入れたら、売上が飛躍的に上がったとのこと。

これも、もし本当だとしたら、白砂糖が持つ依存症をあらわす一つの分かりやすい例ですね。

インスタントな満足度を脳が求めちゃうわけです。

だから、うちはもちろん白砂糖も台所には常備していますが、滅多なことでは使いません。

しかし、精製されていない黒糖にはそういうことは一切ない。

それにうまいし。

よー分からんけど、黒糖以外にも、なんとか糖という結構高い砂糖を通販で取り寄せて女房は使っているようです。

とにもかくにも、私は朝起きたら、水を飲み、黒糖をかじることが日課となっているのですが、その黒糖のストックが減ってきてしまった。

やばい!と思って、

奄美大島のサウンズパルというCDショップに「飢糖!救援物資求ム!」と電文を、いやメールを送ったわけです。

飢糖とは、黒糖が少なくなってきたという意味で、太平洋戦争中の激戦地となったガダルカナル島(ガ島)をもじってもいます。

ガトー・バルビエリとは何の関係もありません。

電文を、いやメールを送るついでに、ガ島臨海には敵潜(敵の潜水艦)がうようよしているし、制空権も完全に米側の手に落ちているので、輸送艦だけだと沈められてしまう可能性がある。ちゃんと機動部隊を護衛につけて救援物資をよこして欲しいという要望を伝えたところ、きちんと航空母艦を中心に輪形陣を組んで輸送してくれるとのこと。

なんと頼もしい返事でしょう。

ほどなくして、補充物資の黒糖が届きました。おまけにカリントウなどのお菓子もついていました。

こいつはぁ、嬉しいなったら嬉しいなです。

しかも、ちょうど袋の中の黒糖のストックがゼロになった翌日に届いたので、見事なタイミングの良さ。

黒糖のストックがゼロになった瞬間は、「いよいよ玉砕か!」と腹を括ったものですが、こういうときに上空から落下傘で送られてきた救援物資と、救援物資を輸送した飛行機の翼下に輝く日の丸のなんと神々しいこと、思わず手を合わせてしまいそうでしたが、それはウソで、機動部隊の空母から発艦した飛行機が運んできたのではなく、宅急便のお兄さんが持ってきてくれました。

制服の黒猫が眩しく見えたのは言うまでもありません。

今日も昨日も一昨日もその前の日も、毎朝黒糖のデカイかたまりを金槌で粉々にして適当な大きさにして食べています。

息子にも「鼻の匂いぃ~の味ぃ」といって、いったん鼻の穴の中に突っ込んだ黒糖を無理矢理口の中にねじ込んで食わせています。

バカなことばかりやっていますが、黒糖と納豆のおかげで、元気な家族です。

記:2006/09/03

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