カフェモンマルトル

text:高野雲

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「オレたち世界を目指します。日本の音楽なんてクダラなくて相手にしてられません。」な若者たち

      2016/05/04

renga

寝る前に、ちょっと酒飲んで、音楽を聴こうかな、と思い、近所のミュージック・ラウンジへ。

今日の気分はドルフィーだよなぁと思い、『エリック・ドルフィー・アット・ザ・ファイヴ・スポットvol.1』を持参しました。

店では大音量でレッド・ツェッペリンの《天国への階段》が大音量で流れていました。 店のママにドルフィーのCDを渡し、この曲が終わったら、《ファイヤー・ワルツ》をかけて欲しいと頼みました。

ほどなくして《天国への階段》が終わり、『エリック・ドルフィー・アット・ザ・ファイヴ・スポットvol.1』が始まりました。

このCDは、ライブ盤。しかもライブの臨場感を出すために、いきなり演奏が始まらず、演奏が始まる前の店の喧騒も収録されています。
ガヤガヤとした店内。
ピアノが《ファイヤー・ワルツ》の最初の6~7音をポロリと軽く弾いた音も入っていたりと、臨場感たっぷりです。店の雰囲気もいつのまにかファイヴスポットになります。

やがて始まる《ファイヤー・ワルツ》。
かっこいい~。
しかも、大音量なので、格別です。

灼熱のドルフィーのソロ。
どこまでも蒼いブッカー・リトルのトランペット。まるでギターのリフのようなマル・ウォルドロンのピアノ。

しかし、マルのピアノソロの途中で、音がプチッと途絶えました。
店の空気にポカリと穴があいたような空白と静寂。

「あー、オレ、ミッシェル・カミロ聴きたい」
という声が聞こえてきました。

どうやら店内の若い兄ちゃんが、今かかっている『エリック・ドルフィー・アット・ザ・ファイヴ・スポットvol.1』を途中で止めたようです。この店のCDプレイヤーは、客の手の届くところに置いてあるのです。だから、客がその気になれば、好きな音楽をかけられるようになっているのですね。

ドルフィーの演奏が途中で断ち切られ、別の音楽が流れはじめました。
ミッシェル・カミロとトメティートの『スペイン』です。
これは、私が店のムード作りに置かせてもらっているCDです。

スペインスペイン

ま、私の場合、好きなCDをかけてもらえるのは光栄なんだけどさ、人が聴いている音楽を途中で止める行為はいかがなものかと私は思ったわけです。

途中でドルフィーを止めたお兄ちゃんは、ギタリストで、隣に座っている人のよさそうな相棒とアコースティックギターでのコンビを組んでいるらしく、来週店でライブをやるための下見に店に来ているみたいです。

私は、その若い兄ちゃんの隣にボトルとグラスを持って移動します。

「おまえさぁ、なんで、さっきCD途中で止めたわけ?」
「いま、僕は猛烈に気持ちがスペインなんです!」

私は彼の頭を小突きます。

「オマエ馬鹿か? 聴きたい気持ちはこっちも一緒なんだよ。オレはさっきかかっていた音楽を聴いて酒を呑みたいから、わざわざ家からCDを持ってきて聴いてたんだよ。それをなんで途中で止めるんだよ?」

「それは、僕のハートはいま、猛烈に《スペイン》を聴きたかったからです」

…こいつアホか?

「あのさぁ、オマエが《スペイン》を聴きたいという気持ちと同じように、オレはさっきかかっていた曲を聴いてたわけ。分かるか?」

怪訝な表情を浮かべるお兄ちゃん。

「じゃあ、どうすればよかったんですか?」

頭悪いなぁ。…という言葉を呑みこみつつ、幼稚園の子供に噛んで含めるように、
「せめて、かかっている曲が終わるのを待つとか、CDの持ち主に、聴きたい曲があるので、止めていいですか?と尋ねるなりしたらどうなんだ」
といいました。

「そりゃ、今かかっているCDの持ち主はオレなわけだから、この音楽も嫌いじゃないさ。でもな、それとこれとは別問題だろ? じゃあお前らが今聴いている曲を途中で別の客に止められて、好みじゃない音楽かけられたらどう思うよ。お前らの演奏がつまらないからって、曲の途中でPAがマイクのスイッチ消したら、どう感じるよ?」

なんだか小学生に説教しているようで、いやぁな気分です。

「ここは店なわけだ。色々な好みの客が集まる場所なんだよ。いくら好きな曲が聞きたいからって、すぐに聴けるわけじゃないんだよ。順番を待つ、曲が終わるのを待つ。それぐらいのアタマ働かないのかよ? 自分のハートがスペインだかブラジルだかどうだか知らないが、そんなこと、知ったこっちゃないんだよ」

「なるほど、わかりました」

「あのなぁ、わかりましたじゃないだろ?」

「すいませんでした」

「それでいいんだよ。これは音楽の好みとかの問題じゃないんだよ。人間としてのマナーの問題なんだよ。分かったな?」

「はい、分かりました。」

わかってくれたようなので、後は普通の会話です。
「ギター二人でやバンドやってるんだって?」

「はい、オレ達、世界を目指します。日本の音楽なんてクダラなくて相手にしてられません」

おおっと、大きく出たねぇ。

「オレたち、必ずビッグになります。な、世界をめざそうな!」と隣の相棒に同意を求める彼。

「へぇ、そうかい。大した自信だね。」

「ええ、絶対ビッグになって世界を認めさせます! ところで、あなたもギターを弾くんですか?」

「いや、俺はベースだよ。なんなら今から合わせてみるか?」

「…いえ、あの…」

「もう、お客さんはほとんど帰ったし、店にもアコースティックギターが3本ぐらい置いてあるから、好きなのを使ってさ、俺とセッションしてみようよ」

「いえ、その、今日は…」

「遠慮することないって。世界を目指すミュージシャンとお手合わせできるなんてオレも嬉しいよ、演ろうぜ。それにオレは世界も日本も東京も目指してない、単なる下町の飲んだくれだよ? 世界を目指す君らからすれば、チョロい相手じゃないか。それともオレじゃ役不足かい?」

「今日は、その、気分がのらないんで…」

「あのね、口ではいくらでも勢いのあることや、偉そうなこと言えるんだよ。でもね、オレはそういうゴタクはどうでもいいの。信用してないの。その人の音を聴けばだいたい分かるから。さっきの勢いと熱い思いを、言葉じゃなくて、音で出してみろよ」

「いや、あの、僕らまだ腕が未熟なもので…」

でたよ、やっぱりそうかい。

「でも、今日はダメでも、オレたちは絶対世界を目指します!《スペイン》最高!」

これ以上、何を言っても徒労に終わりそうなので、演奏に誘うのはやめました。 世界を目指している人です。どうせ私レベルの人間じゃあ相手にもならないのでしょう(笑)。

「んじゃ、そういうことで失礼します! 僕たち、明日も仕事で朝早いんで」
彼らは工事現場でショベルカーを運転しているのだそうで、毎朝6時半には出勤しなければならないそうなので、1時過ぎにお勘定を済ませ、店を後にしました。

店のドアの向こうからは、「絶対オレたちは世界でビッグになるぞ~!」という雄叫びが聞こえました。

そうですか、頑張って世界を目指してビッグになってくださいね。
言葉だけじゃなく、音で大勢の人を唸らせてください。

願わくば、周囲に気を配る神経をもっと持ったほうがいいよね。なぜなら、音楽は相手あってのものだから。

酔っているとはいえ、店にいる数人の客の気持ちや空気を読めないようじゃ、とても世界中の何百万人の人々の心は動かせないんじゃないかと思うのです。

もっとも、こういう客を放置しておいて、私が説教たれるヤな客の役回りになってしまうような店の客管理や、店内の目配りにも問題はあるとは思うのですが…。
とはいえ、趣味でやっているような店なので、オーナーは好きな客が来るとそのテーブルにベッタリ座りっぱなし、ギターを弾いてノリ出すと、入店してきた客もお構いなしで、お客さんに気がついた常連がおしぼりや飲み物を出すような店ですし、私もそれを承知な上で店にお金を落としているので、あまり文句は言えないんですがね。

記:2006/03/16

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