カフェモンマルトル

ジャズと映画と本の日々:高野雲

星の大きさを実感させる

      2017/05/28

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恐竜や、怪獣など、子どもは、デカいものが好きです。

少なくとも、私の息子はそうです。
私もそうでした。

大きいものや、大きいもの同士の比較には目を輝かせます。

そこで、YouTubeにある、星の大きさ比較動画を見せたら、目を光らせていました。

私も、これを見るたびに、「嗚呼、宇宙って……」「嗚呼、お星様って……」と日常の煩雑かつ瑣末かつチッポケなことをしばし忘れてしまいます。

ビジュアルで大きさ、小ささを納得するのもいいけど、数字で想像力をはばたかせるのも悪くないぞと、目を輝かせている息子に、すかさず球体の体積を求める公式を教え、ためしに、太陽と、ベテルギウスと、ガーネットスターの容積を求める計算式を紙に書き、電卓を使ってパチパチと計算していきました。

とにかく、0の数が多すぎて、紙にゼロを書くだけでも一苦労。

しかし、この私が「うへぇ、ゼロ多すぎ!」と汗をかきかきゼロを書きまくっている姿を笑いながら見ている息子は、このゼロの数の膨大さだけでも、星のスケール感をビジュアルではなく、他の側面から実感できたみたいです。

べつに、球の公式なんて覚えてもらわなくてもいいんです。

ただ、物の捉え方にはいろいろな側面がるんだよーということを、数字の面から教えたかっただけなの。

息子は、今、足し算や引き算の筆算を学校でやっているようですが、
私がギャハハハハハ、ゼロ多いぞ、お前!なんていいながら計算している姿を見て、「早くかけ算もやりたい!」「勉強なんて、社会に出て何の役にも立たないじゃん」という台詞は、マンガやドラマでお決まりの「出来ない人の言い訳」台詞の定番ですが、私はそれは違うと思う。

言っている人、言わせている人の想像力が足りないだけ。

想像力ないところに、創造力あらず。

使い方は、なんでもそうだけど、習った人、身に着けた人次第。

というか、その対象を知らなけりゃ、使い方も想像できないわけで、グダグダ言う前になんでやらないの?って私は思います。

やってから言えばいいのにね。

やってみたけど、ツマらんかった、とか、やってみたけど好みじゃない、とか、ね。

私なんて、「勉強なんてクダラねぇぜ」のひと言を言いたいがために、中学のときは猛勉強して学年で1番になったり、高校のときは、歴史のテストを中間、期末ですべて満点を取ったあと、最後の期末のテストを白紙で提出したりして(最後のテストが0点でも、他が満点だから十分進級できる平均点なので)遊んでましたけど、で、先生に怒られたけど(笑)、もっと、そういう馬鹿なことに情熱を傾けようよ(笑)!

んで、たしかに、星の大きさを出すことは社会の役には立たないかもしれないけれども、立派に子どもの好奇心を刺激しまくる役割を果たしたので、私もかけ算を勉強した甲斐があったというものです。

息子も、一口に「巨大」といっても、図鑑などで見る、ビジュアル面での実感、ついで、本で表現されるような言葉面での実感、これとはまったく違う実感の手段として、「数字」というものがあるんだ!という新発見をしてくれたようです。

今日の息子の算数のノートはゼロだらけになっていることでしょう。

記:2007/07/06(from「趣味?ジャズと子育てです」)

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