カフェモンマルトル

text:高野雲

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なぜ子供をヤマハ音楽教室に通わせているかというと。

      2017/04/19

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嫌いではあるが、通って良かった

私は「ヤマハ音楽教室」が教える、あまりのヤマハ的な響きにやテイストは個人的には好みではありません。

しかし、かく言う私自身、幼児科3年、アンサンブル1年、ヤマハのプログラムを学習していました。

だから読者の中には、「自分も過去は習っていて、さらにはヤマハのテイストを良くないようなニュアンスで書いているのに、息子にも習わせているのは矛盾じゃない?」と感じられている方もいらっしゃることでしょう。

まず、ヤマハに通ったことですが、結論から言えば、良かったです。
良いことを身をもって感じているから、だから今は息子に幼児科に通わせているんですね。

もっと正確に言うと、「悪いことよりも良いことのほうが多かったから通わせています」ですね。

さらに補足すると、「悪いことも知っているからこそ、先生や教室に子供を丸投げせずに、親自身も積極的に参加出来ているのです。」ということになります。

あたりまえですが、「良い」と思わなければ、たかだか数千円ですが、毎月月謝を払い、なおかつ土曜日の午前中に毎週送り迎え、さらに、授業も一緒に参加するような手間を自ら進んで受け入れるものでもありません。

もちろん、すべてが良いと思っているわけでもありません。

しかし、私の心の中では、「3つのメリットと、1つのデメリット」なのです。
デメリットはあるかもしれないが、大きなメリット3つのほうを取りたい。

1つのデメリットのために、大きな3つのメリットを逃すのは勿体無い、という考えがあります。

しかも、デメリットに関しては、後述しますが「親のレベルで矯正可能な次元」だと思ってますし、見方によればデメリットですらないのですね。

だから、3つの大きなメリットを子供に身につけて欲しいなと思い、通わせているのです。



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3つのメリット

では、3つのメリットとは何でしょう?

このメリットは、ヤマハ音楽教室幼児科を卒業した私が身をもって感じたことです。

まず、「絶対音感」が身につくこと。

ピアノにあわせて、しつこいぐらい、階名で歌わさせられますからね。

目をつぶって音を当てることも必ずレッスンの中にありました。

これは大きい。

べつに絶対音感が無くても音楽をやる上では苦労しませんが、無いよりはあったほうがイイという考えと、身につけやすい時期に身につけさせておいても損はないだろう、という考えです。

もっとも、厳密に言えば、大人になっても努力と根性と時間は必要ですが、絶対音感を身に着けることは可能なようですが(最相葉月『絶対音感』より)。

さらに、最低限の「リズム感」が身につくこと。

これも、レコードや先生の演奏に合わせて飛び跳ねたり、タンバリンやカスタネットを叩くことが日常茶飯事でしたからね。

少なくとも、滅茶苦茶な拍で手拍子を打ったりすることはなくなります。

ものすごく鋭敏なリズム感覚が身につくほどのプログラムではありませんが、極端なリズム音痴にもならないプログラムなんですね。

そして、最後に。楽器が自分の身体の延長として感じるようになることです。

たとえ、何らかの事情でレッスンをやめ、楽器から遠ざかり、しばらくブランクが空いたとしても、自分がやりたくなったときに抵抗なく楽器に戻っていけます。

多少のトレーニングは必要ですが、頑張れば比較的すぐに昔のカンを取り戻せるのです。

以上の3点だけでも、ヤマハ、というか、「幼い子供を数千円で定期的にレッスンしてくれる場所」に通わせるメリットはあると思います。

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で、「幼い子供を月々数千円で定期的レッスンしてくれる場所」といえば、私が思いつく範囲だと、やっぱりヤマハ。
しかも、近所だし(笑)。

ということで、ヤマハに通わせているわけです。

親が受けたメリット&恩恵を、同じく子供にも体験させたい、という思いですね。

べつに将来、ミュージシャンになって欲しいとか、後々はジャズに移行させたいといった考えは私自身にはありません。

もちろん、ちょっとはありますけど(笑)。

でも、この「ちょっとある」というのは、今からミュージシャンを目指しての特訓をバリバリするぜ!と鼻息の荒いものではなく、もし息子が真剣にミュージシャンを目指した場合は、積極的に応援&バックアップする心づもりがあるということです。

よって、現段階で、私がヤマハに求めていることといえば、「たとえ音楽以外のこと(スポーツなど)で、楽器から離れることがあっても、将来、本当に楽器をやりたくなった場合、気軽に音楽の世界に戻ってこれるだけの身体的基礎をつけてもらえるとイイだろうな」ということですね。

本当は自分がやりたくなったときに自腹を切って習うのが、もっとも身につくことは確かです。

私も、20歳過ぎてから、アルバイト代でベースのレッスンをプロに受けましたが、月90分で、2万円は、痛かった……。

だからこそ、一生懸命、元をとろうと努力したわけです。

さらに、上に書いた3つのメリットがあったために、比較的早くベースの基礎的な技術を吸収することが出来ました。

しかし、まったく楽器経験ゼロの人が、初めて楽器を習いはじめると、最初は数万円払って努力しても、なかなか音感を身につけることが難しいです。

さらに、月謝は確実に子供のレッスン料よりは高い。

「高くて時間がかかること」を大人になってから苦労してするよりも、「安くていつの間にか身に着くこと」を子供のうちに身に着けさせておくほうが、損得勘定でいえば、「得」ですよね。

だから、私は基本的には子供にヤマハ音楽教室に通わせることは賛成なのです。

訛のない「標準語」が身につく

さて、デメリットの話にうつりましょう。

私が感じているデメリットは、先日書いたように、「いかにもヤマハ的なアレンジ」ですね。

これは誰が聞いてもあきらかに分かるテイストで、もちろんこのテイストが好みの方も大勢いらっしゃることでしょう。

ということは、厳密に言えば、デメリットではなく、あくまでコレって、ジャズが好きな「私個人」の好みなんですよね。

仮に将来、息子がクラシックの道を志した場合は、ヤマハ的な教育は、その礎(いしずえ)として非常に有効に機能します。

調和が取れすぎて物足りないと私が感じているヤマハの楽曲&アレンジですが、クラシックの基礎としては「訛りのない標準語」として有効に機能します。

ジャズやブルースは、ある意味その強烈な「訛り」が魅力の音楽です。

もちろん、この「訛り=フィーリング」を日本人が身につけるのは並大抵のことではありません。

しかし、まだクラシックをやるか、ジャズをやるかを子供が自発的に決めていない段階から「訛り」を優先的に身につけさせようとは私は思いません。

ビジネス英会話の授業では、本場の人から言わせれば、「あきれるほどスクエアな」文法の正しい英会話を叩き込まれます。

間違ってもスラングや、流行りの略語は習いませんし、何度も細かい間違いを指摘され、オーソドックスでフォーマルな英語を繰り返し叩き込まれます。

これと同様、音楽においても、「訛り」か「標準語」かといえば、まずは、標準語から身につけさせたいと思っています。

「訛り」を「標準語」に直すのは苦労しますが、「正しい標準語」をブロークンにするのはあっという間ですからね。

それでも、「本場の訛り」というものは厳然として存在します。

これを本格的に身に着けたければ、小手先だけでは習得できないこともまた事実です。

もし、将来、息子が本当に「訛り」を身につけたくなったら、そして、その「訛り」を武器として生計を立ててゆきたいというのであれば、「日本で訛りを身に着けるな、本場に行って修行して身に着けて来い」と言うつもりです。

吉本風のお笑い芸人になりたかったら、東京でお笑いの理論やテイストを一生懸命学ぶようなことって、普通しませんよね。

あのコテコテなテイストを身に着けたければ、本場・大阪の千日前に行くのが普通ですよね。

フィーリングというものは、学習やトレーニング以上に、空気、食べ物、人、気候、土地の習慣や生活から身につく要素の大きいものなのです。

それと同じです。

親がヤマハ通っていたからこそ、選択肢を提示できる

さらに、「ヤマハ的テイスト」は、今回の自作発表会のときに実証済みですが、アレンジ面に関しては、親さえその気になれば、修整可能なレベルなんです。

毎週、音感やリズム感を身につけるトレーニングに通わせるかたわら、親のほうからも、「ここのところ、こういうふうに弾いてみても面白いかもよ」と、多様な可能性の選択肢をも示してあげることも出来ます。

これこそ、ヤマハ音楽教室幼児科とアンサンブル科を体験し、このカリキュラムのメリットとデメリットを熟知した親だからこそ出来る、「二世代伝承」のメリットなんじゃないかと思います。

ま、一応、こういうことも考えながら私は息子をヤマハに通わせています。

お金も時間もかかかることですからね、これぐらいのことは考えますって、ケチだから(笑)。

ヤマハでは正しい「標準語」を身に着ける訓練をしつつも、自作曲の発表会では親の趣味で(笑)、ちょこっとハーモニーをイジってみたり。

また、先日は午後から夕方までは、椎名林檎が好きな素人楽器弾きの会に連れて行き、椎名林檎や東京事変の曲を大音量で身体に浴びせ、その後は、ジャムセッションの出来るジャズ喫茶に連れて行き、夜が更けるまで、玄人はだしのジャズマンたちの演奏を、それこそ演奏現場から2メートルにもに満たない至近距離で、迫力ある生演奏を鑑賞させるなどもしました。

つまり、肉体的トレーニングはヤマハ。
フィーリングは生演奏に接する実体験。

この2者をバランスよくとっていきたいと常々思っている次第なのであります。

というか、本音を言えば、そういう私自身がいちばん楽しんでいるし、勉強にもなっているんですけどね(笑)。

記:2005/09/25

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