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ゴッグ賛歌

ゴッグ賛歌

ガンプラ作りながら「やっぱりゴッグが好き」

机の上に飾られた1/144スケールのゴッグを眺めるたびに、私は心底ゴッグが好きなんだと思います。

あ、『機動戦士ガンダム』に登場する水陸両用MS(モビルスーツ)のことね。

ズゴックも好きだけど、ゴッグも好き。
アッガイやゾックも好きだけど、ゴッグも好き。

先日、ゴッグのガンプラ(HGUCの1/144)を作ったんですが、作っている最中から、本当にそう思いました。

このシンプルで力強い存在感。

ああゴッグよ、ゴッグ、お前はなんでゴッグなんじゃいと、ゴッグを愛でながら作りましたです、はい。

筆が悦ぶ、塗装も楽し

配色も良いですね。

バンダイさんの指定カラーとは違うのですが、カーキとレッドブラウンで塗りました。

タミヤのアクリルミニです。

筆塗りです。

薄く何層かに重ねて塗りました。

この作業が楽しいんですね。組み立てよりも。

特に、ゴッグの場合は、うっすらとアールを描く広々とした曲面に平筆をすべらすのがとてもとても心地よく、それはもう、天女の絹を撫でるがごとしと言うべき感触でありました(大袈裟)。

そして、完成したらしたで、机の上に飾っておくと、あまりにそのボリューミーかつ愛くるしいフォルムに見蕩れてしまい、時間の経過も忘れる始末。

本当に、これはこれで完成されたひとつの「物塊」だと思います。

脆弱な生き物・人間

そして、隣にガンダム系の主人公的機体を並べると、なんとまぁ華奢なことか。

もちろん、ガンダムタイプのMSはバランスが取れたモデルのようなプロポーションゆえに美しい。

しかし、素手でゴッグと闘ったら、一撃で吹き飛ばされてしまいそうなひ弱さが漂っていることもまた事実。

だからこそ、強力な各種武装を纏っているのでしょうし、極端なことをいえば、人間はなぜ火を使い、言語を話し、現在の我々にいたるまでの進化・発展を遂げたことに対して、クマは進化をしなかったのかがよく分かります。

それこそ『愛と幻想のファシズム』の主人公・鈴原冬二の受け売りっぽい考えになってしまいますが、クマはそれだけで完璧で完成された生き物なので、べつに進化する必要がなかったのです。

人間はクマに比べれば弱い。

強力な爪も牙も顎も持っていない上に、世界最速の陸上競技選手でさえ、クマの100mダッシュの速度にはかなわない。

だから、クマは進化する必要がなかった。
しかし、人間は生き残る「必要に迫られて」進化をした。

単体で強くなることよりも、仲間同士の連携だったり、武器を作るという別なアプローチでクマより強くなろうとした。

結果、クマを倒すことさえ出来る動物に登りつめることが出来たのかもしれませんが、その姿は、どこか悲しい「付け焼刃感」があります。

地位、名誉、お金、学歴。

そのような人間同士にしか通用しない共通認識があって、はじめて認められる強さ(動物には通用しない認識)は、努力や運によって身につけることは出来るかもしれませんが、それを纏ったところで、「凄い」と認識してくれるのは、同一種族の人間からのみです。

クマには、いや、クマ以外のすべての動物にはこれらの「目に見えない価値」は通用しません。

名刺の脇にくっつく肩書きや、モニター上で確認できる大金、履歴書に記される経歴などなど、そもそも文字を読めない動物には何の価値も感じられませんし、仮に文字が読めたとしても、動物の中には、人間が「凄い・価値がある」と作り出した共通の「お約束ごと」は通じません。

彼らにとっての大切なことは、
シンプルに強いか・弱いか、生き残れるか・生き残れないか、飯にありつけるか・否かだけです。

「共通の約束事にのっとた上で凄い」というような、回りくどい理解は必要ないですし、意味がありません。

そう考えると、人間って、ずいぶん面倒くさいルールを築き上げ、そして面倒なルールや決まりごとがあったがゆえに、ここまで文明を築き、文化を発展させてきたんだなと思います。

もちろん、そのような人間の回りくどさや無駄ともいえる「遊び」の要素は私は大好きです。

しかし、机上に飾られたゴッグとガンダムを見るたびに、ああ、知や言葉で身を鎧うわずらわしさから時には解き放たれたいなと思う瞬間があることもたしか。

そんなことを考えるのは今にはじまったことではないのですが、ただ、シンプルで美しい力強さをたたえたゴッグを見るたびに、最近はそのようなことばかりを考えてしまうのです。

いったん手放す

もちろん、ゴッグのシンプルな美しさは人間の手によって形作られたものです。

過酷な水圧に耐え得るために考案された曲面と、格闘戦になった際はその鈍重な機動力をカバーするための装甲の厚さゆえのボリューム感であることもわかっています。

回りくどいルールを作りまくった人間の所産であることも分かっています。

しかし、理屈を超えた「シンプル・イズ・ベスト」なフォルムが、この私を魅了してやみません。

そして、ついつい時間を忘れるほどにゴッグに魅入ってしまうのです。

いかん、いかん、これじゃあいかん!
ということで、いったん手放す決意をいたしました。

ヤフオクに出品して、いったんは手放し、そしてほとぼりが醒めたところで、今度はMG(マスターグレード/1/100スケール)のゴッグにチャレンジしてみたいと考える今日この頃なのであります。

たかがゴッグ、されどゴッグ。

ゴッグをボンヤリとあれこれ考えながら眺めている時間って、けっこうバカにできません。
これ以上、ゴッグに現を抜かしていると、本当にゴッグに魂を抜かれてしまいそうです。

今は、もっと目の前のやるべきことに集中せにゃあかん!
そう、断腸の思いで、いったんゴッグを手放すのであります。

ま、しばらくしたら、また作ると思うけど。

記:2019/07/07

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