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村上世彰と石田三成~村上世彰・著『生涯投資家』を読んで

  • 2017.09.11
村上世彰と石田三成~村上世彰・著『生涯投資家』を読んで

放漫経営の社長と、物言う株主

元・村上ファンドの村上世彰・著の『生涯投資家』で、もっとも読みたかったトピックスは世間を騒がせた「ニッポン放送株」を巡るインサイダー疑惑に関してだった。

その裏舞台や深層を知りたかったからね。

ちょっとした流行語にもなった村上氏の「聞いちゃった」は、繰り返し報道されていたので印象に残っている人も少なくないんじゃないかと。

もちろん「ニッポン放送とフジテレビ」の章も興味深く読むことが出来たが、その前の東京スタイルとの戦いの章がより興味深かった。

放漫経営を続ける東京スタイルをめぐるやり取りの記録の中に、「投資家・村上世彰」の信念や矜持が色濃く顕われていたからだ。

もちろん「東京スタイル事件」に関しても一時期は繰り返い報道され、村上氏は「物言う株主」と評され、「会社は誰のものか」という論議もなされていたので、おぼろげながら騒動の概略は覚えている。

しかし、なるほどね、こんなにまでも日本の企業はダルで想像以上に旧態依然としていたのね、ということが、投資家側の視点から語られることによって浮彫りになっている。

東京スタイルの高野社長は「俺は株主なんかには会いたくない。株主総会に来ればいいだろう」と村上氏を罵倒したそうだが、おそらく、このようなマインドを持つ経営者は東京スタイルに限らず、当時の日本には数多くいたことには想像に難くない。

正論をベースとした純粋な想い

それは同様に阪神電鉄再編計画の件も同様だ。

テレビドラマや映画などに登場する投資家は、どちらかというと悪徳な乗っ取り屋なイメージで描かれることが多いが、村上氏の場合は「資本主義のルールを守らなければ国の経済はよくならないし、コーポレイト・ガバナンスを守らなければ企業は存続する意味がない」という信念に貫かれている。

もちろん、本人の筆による著作である以上、何割かは差し引いて読む必要もあるのかもしれないが、ライブドア事件の時に繰り返し報道された「聞いちゃったんですよね」と語る、頭の回転の早い元官僚のエリート投資家というイメージは、多少なりとも是正されたような気がする。

しかし、この「正論」がベースとなるストレートな行動力は、時として摩擦を生む。

特に、村上氏の純粋かつストレートすぎる信念と行動力は、「露骨に波風を立てるくらいなら、なあなあでグレーなままで良いではないか」とする日本人の、いや、日本企業の体質とは真っ向から対立するものであり、村上氏の目線で語られる本書を読めば、日本の企業が持つ独特の体質のようなものが浮き彫りになるだろう。

もちろん、日本的な「なあなあ体質」も時として社員を守り、会社を存続させるための知恵の一つであることにもつながってきたこともあるので、一概に純粋な信念のもとドライに割り切って行動する村上氏をてばなしに賞賛するわけではない。

しかし、「会社はかくあるべきか」ということを真剣に考え、かつ「ルールを遵守する社会に変えたい」という村上氏のピュアな信念は分かるが、もう少し、日本の企業の体質や、社長や役員の行動様式などを研究した上でアプローチをしたほうが、思い描いた最上の結果にはならずとも、セカンドベストな着地点が見つかったのかもしれないなどと思ってしまう(実際、東京スタイルなどの企業からは譲歩案も出ている)。

つまり、会社の数字を見る、分析する、改善のためのプランを考えるなどの能力に関しては、さすが一流の投資家である父親に鍛えられ、官僚経験もある村上氏のこと、凡人には及ばないほどの能力の高さがあることは確かだが、その杜撰な経営を続けてきた経営者の人間の一面しか見ていなかったのではないかと思う。

石田三成を思い出した

ここで思い出すのが石田三成だ。

数字を扱うことや組織のマネジメントにおいては秀吉が一目も二目も置いていた三成ではあるが、結局のところ人がつかなかった石田三成。

私は決して石田三成のことは嫌いではないし、むしろ彼に関して書かれた書物を読めば読むほど、ある一面においては抜きん出た優秀さを持ちながらも、それゆえに、人間関係においては不器用だったであろう彼の一面にも共感できる。

戦国時代も平成時代も、結局日本という国は正論だけがまかりとおる国ではないのだな。日本に限らず世界中のどこの国においてもそうかもしれないが。

石田三成は、私利私欲からではなく純粋に豊臣家の存続を考え家康を排斥しようとしたが、結局のところは関ケ原の戦いで敗れた。

雑菌や混ざりものの一切ない蒸留水を飲むと下痢になるという。

それと同様、不純物のない原理原則をストレートに押し出し過ぎると、それは正論で正義なのだろうが、必ずしもそれで人からの共感を得られるのかというとそうではない。

事実、東京スタイルとのプロキシーファイトに敗れた村上氏の敗因は、あれほど経営の改革を勧めてきた外国人投資家たちが、東京スタイルの株価が上がった時点で株を売り払ってしまったことにある。

数字から戦いの見通しを立てることが出来ても、人の揺れ動く心までは見通しを立てられなかったというわけだ。

日本の歴史を見渡すと、理路整然と「理」を説き、シンプルな正義感を単刀直入かつストレートに切り込んでいくタイプの人物よりも、寝技や搦め手が得意な人間が天下を手中に収めてきているような気がする。

そんなことを考えてしまう一冊だった。

記:2017/09/11

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