イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー/チェット・ベイカー

   

ヒドいが悪くない

アクビが出るほど気持ちよい。

これがこのアルバムを形容する、もっとも適切な言葉だと思う。

よく言えば「気だるい」の一言ですまされそうだが、よく聴けば、いや、よく聴かなくても、歌といいトランペットといい、かなり危なっかしい。

意図的なのか、それとも録音中はラリっていたのか(この頃のベイカーは、すでに重度のジャンキーだった)、このやる気のなさげながらも不思議な魅力を漂わせるサウンドは、チェット・ベイカーだからこそ許された世界なのだろう。それもギリギリの範囲で。

フラットしまくる歌の音程のヤバさ、息もたえだえな病人のようなスキャット……。

……悪くはないかもしれないが、「あれ?ちょっとヘンだぞ?」と気付かない人がいたら、きっとこの歌以上にヘタくそでダメダメな音楽ばかりに冒され、感覚が麻痺しちゃっているんでしょう。
コンビニやファーストフードに慣れた舌には、シェフの手抜きや、板前の腕の落ちが分からないのと同様に。

いうまでもなく、「歌唱」という純粋に技術的な側面だけで評価するとしたら、チェットの歌い方は、かなりヒドい。
ヴォーカルスクールの先生も真っ青って感じだろう。

しかし、それが音楽として悪いのかというと、かなり微妙なラインだが、決して悪いわけではないのだ。

チェットだけに許された世界

そう、このアルバムでの歌唱は、チェットだけに許された世界なのだ。

凡人が雰囲気だけを安易に真似をしても、アホか白痴か勘違いかと思われてそれでオシマイ。

本当に紙一重でギリギリの線をベイカーは綱渡りしている。

ふあわぁ~っとアクビをしているかのように音を伸ばすタイトル曲は、まさにアクビが出るほと気持ちよく、場合によってはアクビが出てしまうほど退屈だ。

危なっかしさに加え、粘着質なベッタリさ加減の加わったタイトル曲の歌唱、あなたはどう聴く?

ドリュー効果もちょいとアリ

フロントのチェットは危なっかしいが、チェットのラッパや歌が引っ込んだ後に溌剌としたピアノトリオを繰り広げるリズムセクションはなかなか。

ちなみに、このアルバムでピアノを弾いているのはケニー・ドリュー。

溌剌としたピアノで、チェットを引き立て、演奏全体にメリハリを与えている。

ラス・フリーマンやカール・パーキンスのような西海岸の代表的ピアニストでも良かったのかもしれないが、ここはピアノ捌きに少々粘り気と重みのあるドリューで正解だったような気がする。

たまにしか聴かないが、最近はチェットよりもピアノにハッとなることも多いのだ。

記:2007/06/01

album data

CHET BAKER SINGS IT COULD HAPPEN TO YOU (Riverside)
- Chet Baker

1.Do It The Hard Way
2.I'm Old Fashioned
3.You're Driving Me Crazy
4.It Could Happen To You
5.My Heart Stood Still
6.The More I See You
7.Everything Happens To Me
8.Dancing On The Ceiling
9.How Long Has This Been Going On?
10.Old Devil Moon
11.While My Lady Sleeps (take 10)
12.You Make Me Feel So Young (take 5)

Chet Baker (tp,vo)
Kenny Drew (p)
George Morrow (b)
Sam Jones (b)
Philly Joe Jones,Danny Richmond (ds)

1958年8月

 - ジャズ