天才の目~チャーリー・パーカー、バド・パウエル、ジャコ・パストリアス

   

3人の天才

『マイルス・デイビス自叙伝』によると、マイルスが真に天才と認めた人物はチャーリー・パーカーとバド・パウエルの2人ということになっているが、私はベーシストのジャコ・パストリアスも加えたい。

3人に共通していることは、従来のジャズの既成概念をひっくり返したイノベーター(革新者)だったこと、波瀾に満ちた生涯を送ったこと、そして“目”だ。

彼ら3人の天才の目はどこか似ている。

愛くるしさと狂気が同居したような目。

そしてなにより彼らの目は澄んでいる。

映画『バード』。

パーカーを演ずる役者は、目を閉じて身を乗り出してサックスを吹いていた。

ところが『セレブレイティング・バード』というドキュメント・フィルムを見ると、本物のパーカーは終始目を見開いてサックスを吹いている。

カッと目を見開いて、例の凄まじいパーカーフレーズが繰り出される様は圧巻だ。

パーカーの少し上目がちに大きく見開かれた目は、どこを見ていたのだろう。
次の瞬間のフレーズを模索していたのだろうか?

ちょっと前に発売されたヨーロッパ時代のパウエルのLDを見て驚いたことがある。
彼は演奏中、一瞬たりとも鍵盤を見ない。常に虚空を見つめている。

しかし彼の右手からは信じられないくらいの乾いたタッチとパウエル独特の超然としたどこか近寄りがたい厳しさをたたえたフレーズが次々と生み出されてゆく。

どこを見ているのか分からない彼の表情は、空恐ろしいほどの狂気と空虚が交錯している。

ジャコ・パストリアスのデビューアルバム『ジャコ・パストリアスの肖像(邦題)』のジャケット一杯に映っている彼のポートレイトを見ると、なんて深い表情をしているだろうと深い溜め息をついてしまう。

自分に自信のない人、心に嘘偽りを持っている人は、この澄んだ目で見つめられた瞬間、本能的にこの無垢な瞳に内面の脆さ全てを見透かされてしまうのではないのかという恐怖心からすぐに目を逸らしてしまうのではないだろうか。

このように真っ直ぐで澄んだ目からは、晩年の彼の奇行っぷりは想像出来ない。

3人の目に共通していることは、恐ろしく澄んだ目をしているということ。

この透き通った子供のように無垢な瞳と、彼らのスピード感溢れる表現。
天才ゆえに?

彼ら3人は、従来の既製概念を壊し、かわって全く新しい表現方法を確立、後身のジャズマンに多大なお手本を残し、通常の人間の倍の速度で時代を疾走し、そして、あっという間に去ってしまった。

記:1999/03/30

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