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現代ジャズ解体新書~村上春樹とウィントン・マルサリス/中山康樹

現代ジャズ解体新書~村上春樹とウィントン・マルサリス/中山康樹

現代ジャズ解体新書 ~村上春樹とウィントン・マルサリス (廣済堂新書)

「敵」はジャズ喫茶?!

これを読んだのは、中山康樹氏の遺作『ウィントン・マルサリスは本当にジャズを殺したのか?』を読んだ後。
つまり、順序が前後してしまっているのだが、これを読んで、『ウィントン・マルサリスは本当に~』に書かれていた内容が腑に落ちた。

以前、この本のレビュー「中山康樹は何と闘い続けてきたのか?」(⇒こちら)の中に、「次なる「仮想敵」はジャズ喫茶だった?」と書いたものだが、中山氏の仮想敵は、やはり「ジャズ喫茶的価値観」だった。

引用してみよう。

ぼくはここ数年、ジャズ喫茶的価値観や評価軸をぶっ壊したくてしようがないんですよ。そういう衝動を抑え込むために文章を書いている部分がある。(P208ヨリ)

はっきりと「ぶち壊したい」と語っている。

ただその破壊行為というのは、結局は自分が培ってきたジャズ体験やジャズ体験やジャズ観を壊すことにもつながるわけで、自虐的ではあるんですよね。

と続く。

対談相手の柳楽光隆氏も追従するかのように「自分も同じだ」と語っているが、中山さんとは切実さは随分と違うように感じる。

なるほど、晩年の中山さんの書籍の多くに見られたある種の「苛立ち」は、リサーチも成長も新視点も打ち出せぬまま思考停止を継続しているジャズ評論家に向けられたものであると同時に、ジャズ喫茶的な価値観であったことがはっきりとした。

「村上ウイントン論」のみに言及しているわけではない

サブタイトルにもあるように、この本は村上春樹が書いた2つの音楽エッセイを主軸に話が展開している章がメイントピックスとなるのだろう。
細かな箇所での意見の相違はあるにせよ、基本的に中山さんの考え、スタンスも村上氏と大差はないように感じられる。

村上氏の2つのエッセイは、以下の本に収録されているので、興味ある方は読んでみると良いと思う。

もちろん、中山さんは、かなりの文章を引用しているので、読まないでもだいたいの内容は把握できるとは思うけれど。

『ウィントン・マルサリスの音楽はなぜ(どのように)退屈なのか?』

『日本人にジャズは理解できているんだろうか』

もちろん、「村上春樹がエッセイで指摘するウィントン・マルサリスや現代のジャズマンについて」は、本書の主要なトピックスではあるのだが、もちろんそれだけで本一冊が形作られているわけではない。

にもかかわらず、ある意味、本書は人気作家である村上春樹氏にあやかるような作りになっているのは、まあコアなジャズマニア以外の読者層、つまり村上ファンも読者層として想定しているのだろう。
それは、ただでさえも最近は「読まれなくなった」ジャズ本を活性化するためにも仕方の無かったことなのかもしれない。

「聴け!」の非提示

しかし、なんだろう、このモヤモヤ感は。

もちろん、本書でも、あるいは中山さんが参加した対談本の『ジャズ構造改革』にしろ、『かんちがい音楽評論』にしろ、その鋭い現状分析と考察には舌を巻かざるをえないが、「不完全燃焼感」と、「行き場のないシラけた感じ」を読了後に感じてしまう。

その理由は、おそらく、こういうことなのだろう。

現状はわかった。で、僕たちは結局、今、何を聴けばいいの?

これが、多くの読者が感じる、解答を得られないモヤモヤとした想いなのではないだろうか。

もちろん、中山さんは、「これを聴こう」「あれを聴こう」という音楽の聴き方を提案をすることを目的に執筆したわけではないことも多くの読者は分かってはいるはずだ。
最初から音楽を勧めることを目的で中山さんが書くのであれば、『マイルスを聴け!』『ディランを聴け!』『クワタを聴け!』と、トレードマークでもある「聴け!」がタイトルについてくるはずだ。

しかし、それは分かっていても読者の立場からすると「こういう面倒な現状だからこそ、今は、こういうのを聴いたらどお?」というような提案も読者は求めているのではないだろうか。

私もそうだ。
「甘ったれるな、自分で探しなさい」と天国の中山さんから叱られ呆れられるかもしれないが……。

もちろん、注意深く読めば、特に巻末の対談には、ヒントがたくさん隠されている。

しかし、かつては「聴け!」と歯切れが良かった中山さんだが、「これがいい」「これを聴け!」と断言まではしていない。

そのあたりのところが、本書ならびに同趣旨で書かれた中山本に感じるモヤモヤっとしたところなのだろう。
この本を読んで、「そうかぁ、じゃあマッドリブでも聴いてみますかぁ」くらいの気持ちにしかなれないとしたら、それはちょっと寂しいしね。

己の好みを変える必要なし

じゃあ、一体、何を聴けばいいの?

私の答えというか結論はシンプルだ。

「現代のジャズが取り巻くメンドークサイ現状は、よ~く分かりました。それでも私は変わることなく、今後もビバップ、ハードバップ、新主流派を中心に聴いていきま~す!」だ。

べつに、現代のジャズの現状や問題点を知ったところで、好みのスタンスを変える必要はさらさらないと思うんだよね。
そうですか、分かりました。勉強になりました。
それでイイと思うんだよね。

世界情勢の移り変わりに敏感に反応をしてスタンスやポジションを変えていくのは、投資家や第一線でバリバリと働くビジネスマンだけでいいんじゃない?
だって、趣味で聴いているんだからさ、ジャズは。

というより、むしろ、そのような想いを強くしてくれる本なのかもしれない。『現代ジャズ解体新書』は。

記:2015/12/13

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