道化師/チャールス・ミンガス

   


The Clown

強烈!ミンガスベース 強引!ミンガスペース

「ミンガス三拍子」をバランス良く味わえるアルバムだ。
「ミンガス三拍子」とは、すなわち、

・優れたベーシストとしての技量、

・優れたコンポーザーとしての実力、

・優れたバンドリーダーとしての統率力

この3つの要素だ。

ミンガスのベースは独特だ。
アタックが強く、音の立ち上がりから減衰までの時間が極端に短い。
このような音圧は、弦の高さをかなり高くしないと、出せないものだ。

弦の音のインパクト、アタックの強さは、弦高(弦の高さ)に比例する。

ロン・カーターや、ニールス・ぺデルセンのベースなどは、その音から判断するに、それほど高い弦高ではないはず。

反対に、最近だと、ロバート・ハーストやクリスチャン・マクブライドなど、アンプラグドにこだわり、あくまでベース本体のFホールから出てくる音を大切にするタイプのベーシストの弦高はけっこう高いのではないかと思われる。

弦高が高ければ音にインパクトが出るが、そのぶん強靭な体力(指力)が必要とされる上に、指の素早い動きがどうしても制限される。

しかし、ミンガスの場合は、圧力のある音を奏でながらも、ボボボボッ!と時折素早いパッセージを繰り出すので、かなりの技量の持ち主だということが分かると同時に、強靭な体力の持ち主だということも分かる。
もっとも、彼のいかついルックスからも、それは推察されると思うが…。

さて、ミンガス三拍子を『道化師』を題材に検証してみよう。

《ハイチ人の戦闘の歌》。
イントロのタフなベース。
演奏全体を支える執拗なリフレイン。ミンガスのベースの凄さを耳で理解するには、この2つに耳をフォーカスすれば充分だろう。

後半のベースソロも、彼のぶっきらぼうな魅力が満載。アレンジも秀逸だが、ベースの音に痺れるための演奏ともいえる。

《ラブバードの蘇生》。

これぞ、ミンガスのコンポーザーの実力を代表する1曲だろう。

印象的なメロディライン、全体に漂うメランコリックさ、厚みのあるアレンジ。もうどこを切ってもミンガスにしか生み出せない世界。

後年、スティーヴ・レイシーとギル・エヴァンスもこの曲を取り上げ名演を残しているが、この曲はミンガス屈指の名曲として記憶したい。

《道化師》。

半ば展開は予想されるとはいえ、まるで一遍の物語、あるいはドキュメントを見ているかのような構成、ストーリー展開。このような展開をサイドマンに徹底させるだけのリーダーとしての並々ならぬ力量。

もっとも、言うこときかないメンバーを殴って歯をへし折るような男だから、彼のリーダーシップはメンバーをしめつける“恐怖統治”にあったのだろう。 それでも、各メンバーがミンガスの手足となって動かなければ、このような完全なるミンガスワールドは完成しえなかった。

名盤『直立猿人』の陰に隠れて、知名度も評価もいまひとつのアルバムだが、こちらもミンガスの強い“体臭”を味わえるアルバムだ。

とくに、ミンガスのベースの音そのものに耳をフォーカスしたい!という向きには最適なアルバムだと思う。

ブン!というインパクト。

ゴン!という硬さ。

ッン!という潔い音の減衰。

ンゴワン!!という叩きつけるような4弦解放弦の最低音。

ミンガスのベースの息吹きをリアルに感じることが出来る強烈盤だ。

記:2006/02/11

album data

CLOWN (道化師) (Atlantic)
- Charles Mingus

1.Haitian Fight Song
2.Blue Cee
3.Reincarnation Of A Love Bird
4.The Clown

Charles Mingus (b)
Jimmy Knepper (tb)
Curtis Porter (as,ts)
Wade Legge (p)
Dannie Richmond (ds)

1957/02/13 #3,4
1957/03/12 #1,2

追記

中山康樹氏の著書『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』を紐解くと、ミンガスの《道化師》が最初期のラップではないかという説が唱えられている。

一部、引用してみよう。

ラップの誕生をジャズのなかに見出そうとするなら、たとえばチャールス・ミンガスの『道化師』に収録されている《道化師》を最初期のラップと捉えることはそれほど無理なことえはないように思う。この曲ではディスク・ジョッキーのジーン・シェパードが即興によるナレーションをくり広げているが、その一部は(凡庸な出来ながらも)ラップとして成立しているように聴こえる。ミンガスとナレーションによるポエトリー・ブルースに関しては別項でも触れたが、即興性ということに関しては、この《道化師》が最もラップの精神に近いかもしれない。

おそらく、私を含め、多くのリスナーは単なるナレーションとしてしか捉えていなかったと思う。

しかし、本書に書かれている、ビ・バップに端を発し、マイルスの『ドゥ・バップ』にいたるまでの黒人音楽、黒人社会の変遷をつなぐ軸線上に乗って読んでいくうちに、新たな「視点」が生まれ、ミンガスの《道化師》も、ラップの始祖のように聴こえてくるのだから面白い。

もちろん、私は、この仮説には、100パーセント賛同するものではないが、それでも、新たな「視点」を得ることによって、これまで聴き慣れていた音の世界像がガラリと変わることもあり、これもジャズ鑑賞の愉しみの一つだと思っている。

あなたは読了後、どのように聴こえるだろうか?

記:2011/10/19

 - ジャズ