ライヴ・イヴル/マイルス・デイヴィス

      2022/01/19

マイケル・ヘンダーソン

70年代のロック、例えばレッド・ツェッペリンのラフな勢いや、ジョン・ポール・ジョーンズのうねるベースラインが好きな人にこそオススメしたいのがマイルス・デイヴィスの『ライヴ・イブル』だ。

とにかく、このアルバムは、ジャック・ディジョネットの縦横無尽に暴れまくるタイトなドラミングと、比較的多めの音数でウネりまくるマイケル・ヘンダーソンのベースを聴くためのアルバムなのだ。

ジェームス・ジェマーソン

ジャズという文脈から完全に逸脱して、ロックの文脈。
それも、70年代のギターやベースが発するブーミーで、その時代特有のアンプの性能や楽器のセッティングからくる歪んだ音が大好きなロックファンにこそ「刺さる」サウンドなのではないだろうか。

特にマイルスのワーワー・ラッパや、キース・ジャレットのハッスル・エレピが大暴れする《ホワット・アイ・セイ》や、ラストの《イナモラータ・アンド・ナレーション》なんかは、もうそれこそ「なんじゃこりゃ〜!」と腹の底から雄叫びを発したくなるほどの興奮&鼻血モノの演奏なのだ。

先ほど、ツェッペリンのジョンジー(ジョン・ポール・ジョーンズ)を引き合いに出したが、マイケル・ヘンダーソンとジョンジーは案外共通点が多いんじゃないかと考えている。

2人ともルーツはR&B、ソウルなどのブラック・ミュージックだ。

そちらの世界におけるエレクトリック・ベースのマスターといえば、なんといってもジェームス・ジェマーソンだろう。

太い音色でグルーヴを提供するベースマスター。

そして、マーヴィン・ゲイの《ホワッツ・ゴーイング・オン》を聴けばお分かりの通り、比較的ベースラインの音数は多いにもかかわらず、音数多いベースが陥りがちな「せせこましさ」などは微塵も感じさせず、いや、それどころか大股歩きをしているかのようなタイム感覚のポケットの広さが驚くほど広いグルーヴを生み出しているジェマーソンは、ベースの神様とでもいうべき人だ。

オリジナル・ヴァージョンも良いが、マーヴィン・ゲイの「ライヴ」での演奏の方が、よりいっそう、地に足のついた安定したグルーヴを堪能できるので未聴の方は聴いてみよう!

私もジェマーソンは大好きだったので、ジェマーソンの研究本を片手に日夜付属のCDと譜面とにらめっこをしながらベースで彼のベースラインをベースで追いかけていたことがある。

楽器片手にジェマーソンの低音をなぞり、彼に近づこうとすればするほど、ベースラインの構造や、その音を選択する上での発想はなんとなく理解できたとしても、そのグルーヴ感の謎は遠ざかるばかりだった。

そんな経験を通した上で、改めてヘンダーソンやジョンジーのベースを聴くと、嗚呼、この人たちもジェマーソンがルーツなんだなぁとしみじみと感じる。

そして、違う形で、別のフィールドでジェマーソンになろうとしていたんだろう、とも。

ヘンダーソン大暴れ

マイルスに雇われ、『オン・ザ・コーナー』や『パンゲア』などの名盤の一翼を担い、エレクトリック・マイルス時代のバンドアンサンブルをしっかりと支えていたヘンダーソンのベースラインは、同じフレーズを反復することでグルーヴを提供することが主目的となっているナンバーが多いためか、比較的音数が少ないものが多い。(例外⇒ジャック・ジョンソンの《ライト・オフ》)

ところが、この『ライヴ・イブル」に収録されているナンバーの多くは、ヘンダーソン大暴れと言っても過言ではないほど、ベースが溌剌と動き回っている。

もちろん《ホワット・アイ・セイ》のように、執拗にリフレインするベースラインの演奏もあるが、それとて、たった2小節のリフの中に圧縮して込められた音数は半端なく、よくもまぁこんなラインを延々と20分近くも繰り返せたものだと、その体力と持続力には驚きを通り越して呆然とするしかないほどだ(ドラムソロが入るため正確には十数分だけど)。

ファンクベース、およびグルーヴするベースを弾きたい人にとっては、この『ライヴ・イブル』というアルバムは、格好の「音の教科書」となることだろう。

ジャック・ディジョネット

そのようなグルーヴしまくるヘンダーソンのベースと絶妙なコンビネーションをみせるのがジャック・ディジョネットのドラミングだ。

最近では、キース・ジャレットのスタンダーズ(トリオ)の一員として有名なドラマーかもしれないが、この頃のジャックは、ワルです。凶悪です。

凶悪でワルワルな「力打」に加え、己のパワフルなドラミングを根っこから支え、統御する知性があるからこそ、マイルスのお眼鏡にもかなったのだろう。

とにかく、ドカドカと叩きまくるジャックのドラミングは凄まじい迫力を生み出しており、この連打に対して、ヘンダーソンのウネりの効いたベースが良い具合に合致し、この時期のマイルスグループにしか生み出しえない独特なグルーヴ感を形成しているのだろう。

個人的には、後年のドラマー、アル・フォスターとのリズムセクションもいいが、ジャックとヘンダーソンのリズムセクションの方が好きだ。

ロック的な躍動感も加味され、それに伴う興奮も尋常ではないからだ。

ライヴ・イブル

とはいえ、改めて『ライヴ・イブル』のパーソネルを見てみると、ジャック・ディジョネットは全曲参加しているものの(ちなみにパーカッションのアイアート・モレイラも全曲参加している)、ヘンダーソンはすべての演奏に参加していない。

曲によっては、デイヴ・ホランドだったりロン・カーターが参加している演奏もある。

しかし、どうしても、このアルバムに対して私が抱く印象はヘンダーソンのベースとディジョネットのドラミングという絶妙なリズムセクションだ。

それだけ、ヘンダーソンの低音の存在感が凄いのだろう。

このアルバムについての解説、ウンチクには以下のようなものが多い。

タイトルは「LIVE」のスペルを逆さまに綴った「EVIL」が合体しているとか、「MILES」のスペルを逆さ読みにした「SELIM」という曲が入っていることからも、スタジオ録音とライヴ録音という2つの音源が収録されている両義的なアルバムなのだというような解説。

確かにその通りなんですが、そんなことはどうでもよろしい。

タイトルやデータを眺めていれば誰でも気づくことなんだから。

そんなことよりも、ヘンダーソンとジャックという2人のリズムマンが大暴れしまくった「すんごい」リズムを楽しめるアルバムだということの方が重要だろう。

そして、彼らの勢いに押されまくったマイルスも、かなり瞬発力のあるトランペットを吹いているということも見逃せない。

加えて、キース・ジャレットのエレピ、あるいはオルガンも同様に。

さらに、ゲイリー・バーツのソプラノサックスも同様。

皆、熱に浮かされているようだ。

それは明らかに、リズムセクションの影響だろう。

アルバム自体の完成度という点からしてみれば、統一されたコンセプトやトーンイメージには欠けるし、雑な演奏、雑なミックスに感じられるかもしれないが、「凄いリズム」と、リズムセクションに尻を叩かれた人たちが繰り出す凄い瞬間が沢山盛り込まれた音源だと思えば、完成度なんかどーでもいいさ!と思えてきてしまうのだ。

記:2016/01/04

album data

LIVE EVIL (Columbia)
- Miles Davis

1.Sivad
2.Little Church
3.Medley: Gemini/Double Image
4.What I Say
5.Nem Um Talvez
6.Selim
7.Funky Tonk
8.Inamorata and Narration by Conrad Roberts

Miles Davis (tp)
Gary Bartz (ss,fl) #1,4,7
Steve Grossman (ss) #2,5,6,8
Wayne Shorter (ss) #3
John McLaughlin (el-g) #1,2,3,4,7,8
Khalil Balakrishna (el-g) #3
Keith Jarrett (el-p,org) #1,2,4,5,6,7,8
Herbie Hancock (el-p) #2,5,6
Chick Corea (el-p) #2,6
Joe Zawinul (el-p) #3
Chick Corea (el-p) #3,5
Michael Henderson (el-b) #1,4,7,8
Dave Holland (el-b,b) #2,3
Ron Carter (el-b,b) #5,6
Jack DeJohnette (ds)
Billy Cobham (ds) #3
Hermeto Pascoal (ds, vocals) #5
Airto Moreira (per)
Hermeto Pascoal (ds,whistling,voice,vocals,el-p) #2,6
Conrad Roberts (vocal,narration,poem) #8

Columbia Studio B, New York City
1970/02/06
1970/06/03&04

The Cellar Door, Washington, D.C.
1970/12/19 #1

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