プルーフ・ポジティヴ/J.J.ジョンソン

      2021/02/17

ギターを弾くトゥーツ・シールマンス

このアルバムでの1番の目玉は、トゥーツ・シールマンスがギターで参加していることだろう。

《ララバイ・オブ・ジャズランド》の1曲のみの参加だが、彼はエレクトリックギターもなかなかの腕前だということがわかる。

透き通るような、美しいハーモニカを奏でるシールマンスおじさん。
ジャズ・ハーモニカではワン・アンド・オンリーとでもいうべき存在の彼だが、キャリアをたどると、元はといえばギタリスト。

リーダーアルバムではアコースティック・ギターを披露している曲もあるが、ここでの彼のギターソロは、グラント・グリーンを彷彿させるような、シングルトーンでホーンライクな力強いギターだ。

もう少し聴きたいと思うところで終わってしまう、短めのソロが残念だ。

彼が参加しているこのトラックこそが、アルバムの中でもベスト・トラックと呼んでもよい内容だ。

BGMに終わる危険性も

もっとも、これはリズムセクションの功績も大きい。

なにせ、ドラムがエルヴィン・ジョーンズに、ピアノがマッコイ・タイナーだからね。
コルトレーン・カルテットを彷彿とさせるバッキングで、フロントのJ.J.を煽っている。

ちなみに、ベースはリチャード・デイヴィス。
いわゆる、重量級のリズムセクション。

熱くないわけがない。

もっとも、トゥーツやエルヴィン、リチャードの参加は2曲目の《ララバイ・オブ・ジャズランド》のみの参加だ。

この曲以外は、すべてトロンボーンのワン・ホーンによる演奏だ。

それ以外の曲は、というと、もちろん、演奏自体は悪くないのだが、じっくりと音に意識を集中していないと、音が右から左へと通り過ぎていってしまう心配がある。

言ってしまえば地味なのだ。

もちろん地味だからといって悪い演奏ではない。
良い、悪いで言えば、確実にこのアルバムの演奏は良い。

しかし、どうしてもトランペットやサックスに比べると、トロンボーン1本が主役を張るフォーマットは、派手さや華がいまひとつ欠けるぶん、どうしても集中してトロンボーンの音を丹念に追いかけてゆかないと、心地よいBGMで終わる恐れがある。

演奏技術においては、他のトロンボーン奏者の追随を許さない圧倒的な楽器コントロール技術をもったJ.J.にしてもだ。

いや、J.J.だからこそ、ということも考えられる。

つまり、破綻している箇所が少ないがゆえに、スムースに聴けてしまう。
耳に引っかかりが残らないのだ。

これが、もう少しテクニック的に劣る奏者、たとえばカーティス・フラーともなれば、話は別になってくるが……。

彼の場合は不器用さゆえの味が耳に残るタイプで、サックスでいえば、マクリーンタイプとでもいえばよいのだろうか? 一生懸命さや熱気で聴き手を説得してしまうところがある。

しかし、悪く言えば、優等生タイプのJ.J.は、難しいこともソツなくこなしてしまうので、聴き手側も当然のこととして受け入れてしまい、印象に残りにくいのだ。

上級者向けアルバム

だから、このアルバムは上級者向けだと思う。

軽いBGMのつもりで聴いているようでは、まったく耳に残らない。
しかし、音に意識を集中すれば、なかなか味わい深くもある。

J.J.のトロンボーンが奏でる旋律に意識を集中して耳を傾けると、彼はユニークなメロディメーカーだということが分かってくる。

これは楽器の演奏特性上ゆえのことだと思うが、効果的なロングトーンや、同じフレーズをニュアンスを変えてリフレインする様など、なかなか細かいところにも気を配って演奏していることが分かる。

サックスやトランペットの場合は、もっと派手な変化をつけることが出来るのだろうが、鈍重でコントロールが難しそうなトロンボーンで、ここまでやれるのは、さすがにJ.J.ならではだと思う。

逆に初心者向けでもある

そういった意味では、先述した内容と矛盾するが、これは初心者向けでもある。「教材」としての初心者向け。

全体的な雰囲気聴きだけでは何も見えてこないということを教えてくれるアルバムなのだ。

と同時に、ただひたすら、音だけに意識を集中して、トロンボーンのメロディを追いかければ、おぼろげながらも演奏の輪郭が掴め、やがて、この単純なことの繰り返しこそが、ジャズを楽しむための一番の近道なのだということも教えてくれる。

これが出来るようになり、楽器奏者が楽器を通して「なにを言おうとしていたか」を、言葉ではなく音で体感することが出来れば、それは同時にジャズの語り口や面白さに目覚めてきた証拠でもあるのだ。

ジャズのCDを100枚所有していても楽しみ方を知らない人はたくさんいる。

スポーツも同様に、ルールを知らないで見ているだけで興奮することもあるが、やっぱりルールを知って観戦したほうが面白みは倍増するよね。

さいわい、ジャズはスポーツのように名文化されたルールは無いので、何かを覚えたり暗記する必要はない。
そのかわり、体感を繰り返すことによって学習を繰り返してゆくのだ。

学習と書くと、お勉強っぽい要素がつきまとうが、そんな堅苦しい要素は皆無。

たとえば、アルコールや珈琲や紅茶などの飲み物を傍らに、一人で聴くと良い。

本や雑誌は見ないで。

そうすると、ちょっと退屈になってくるぶん、意識は音に集中せざるを得なくなるので、より一層、旋律やリズムが鮮明に耳に入ってくるのだ。

ま、自宅だと気が散る要素が多いから、出来ればカウンターのバーや、ジャズ喫茶のテーブルで聴くと良いと思う。

これらの店の照明は薄暗いところが多い。

さらに目の前に置かれた飲み物以外に気が散る要素は少ないので、視覚へのエネルギー配分が少なくなるぶん、意識が聴覚のほうに回る。

音に意識をこらしているうちに、今まで気がつかなかったことに気づきはじめる。
ジャズの面白さが分かりはじめた証拠だ。

こうして掴んだ感触は、一生モノなので、あとは自宅や街で歩きながら聴いても、聴きどころやポイントを掴めるようになる。

ジャズ喫茶通いや、頻繁にライブに足を運ぶ人は耳が良いと呼ばれる所以はそのへんのところにあると思う。

どれだけ、意識を演奏に没入できたか。
この差がジャズの理解の度合いを大きく左右する。

決してアルバムの所有枚数には比例しない。

話が横道にそれてしまったが、J.J.ジョンソンの『プルーフ・ポジティヴ』というアルバムは、よく聴きこむことによって、味わいの深さがじわじわと分かってくるアルバムなので、自身の感性のリトマス試験用にはもってこいのアルバムといえるのだ。

仮に、いまひとつピンとこなくても、そのままライブラリーにしまっておこう。

忘れたころに聴き返す。

これを何回か繰り返すうちに、必ずこのアルバムの深い味わいに気づくときがやってくる。
そして、そのときがくれば、必ずやあなたの感性は、驚くほどオープンになっていることに気がつくはずだ。

ドラムもピアノもでしゃばりすぎず、だからといって控えめなプレイもしていない。
それぞれの個性が綺麗に溶け合って、一つの心地よいリズムフィギュアを形成している。

ボーッと聴いていると、それこそ頭の中にはなんにも残らないアルバムだが、じっくりと聴くと、非常に丁寧でクオリティの高い演奏が全編に渡って聴くことが出来る。
特にベースの低音がズーン!とスゴイ。

マイルス作の《ネオ》のような渋い選曲に、《星影のステラ》、《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》など、有名スタンダードもある。
奇をてらわず、じっくりと熟成させた大人のサウンド。
地味だが、クオリティの高い、玄人向けのアルバムといえる。

入門者も臆せずにどんどんと聴いて欲しいアルバムの一枚だ。

記:2005/03/20

album data

PROOF POSITIVE (Impulse)
- J.J.Johnson

1.Neo
2.Lullaby Of Jazzland
3.Stella By Starlight
4.Minor Blues
5.My Funny Valentine
6.Blues Waltz

J.J.Johnson (tb)
Harold Mabern Jr. (p) #1,3,4,5,6
McCoy Tyner (p) #2
Toots Theilmans (g) #2
Arthur Harper Jr. (b) #1,3,4,5,6
Richard Davis (b) #2
Frank Gant (ds) #1,3,4,5,6
Elvin Jones (ds) #2

1964/05/01

 - ジャズ