ウォーキン/マイルス・デイヴィス

   

村上春樹も絶賛のアルバム

村上春樹氏がなにかのエッセイで、好きなジャズのアルバムを一枚だけ選ぶとすれば、マイルスの『ウォーキン』を選ぶというようなことを過去に読み、とても嬉しく思った記憶がある。

私自身も、このアルバムが大好きなのだ。

『ウォーキン』というアルバムには、モダンジャズのエッセンスが凝縮されているといっても過言ではない。

時代が変わっても決して色褪せない力強さ、粋さが封印されているアルバムだと個人的には思っている。

マイルス流「抑制の美学」

もちろん半世紀近くも前の演奏ゆえ、今の音楽に馴染んだ耳でいきなり聴くと、のほほんとした要素も散見されることは否めないが、それを含めて「ジャズのオイシイところ」が集約されていると感じるのだ。

「ハードバップの誕生を高らかに宣言した名盤」という歴史的な評価も受けているアルバムでもあり、たしかにその通りではあるが、後年になってさらに顕著になってゆくマイルス流の美学が、すでにこの時期から開花している点も見逃せない。

この「美学」とは、一言で言えば、演奏に対してのクールな眼差しとでも言うべきか。

どんなに演奏が盛りあがっても、無責任に熱狂の渦には溺れないこと。

だからだろう、マイルスの音楽には必ずピリッとした「締め」が効いている。

このアルバムとて例外ではない。

ホット過ぎずに、どこか覚めたクールなトーンが全体を支配している。マイルス流の「抑制の美学」はこの頃からすでに働いていたわけだ。

少し長めの演奏だが、終始一貫して、ピリッとした雰囲気で統一されている。
この「ピリッ」とした締まり具合が醸し出すムード、これこそが後年になってより一層強化されてゆく“マイルス・ムード”なのだと思う。

分厚く大股ウォーキン

1953年の暮れに、これまでのヘロインの常習癖から立ち直り、翌年の春にニューヨークのシーンに戻ってきたマイルス。

その直後のセッションを収録したものが本アルバムだ。

1曲目の《ウォーキン》は、シンプルなリフのブルースで、後年、何度も何度も繰り返し演奏されるマイルスの代表レパートリーの一つだ。

マイルスの愛奏曲の極初期の演奏なので、トニー・ウイリアムスが在籍していた後年のライブ演奏と比較すると、ゆったりとしたテンポゆえ、スリリングさという点では物足りなさを感じるかもしれないが(先述した「のほほん」の要素)、J.J.ジョンソンのトロンボーンが参加した、暖かく円やかなサウンドには、これぐらいのテンポが丁度良いと思う。

後年の演奏と比較すると、この『ウォーキン』のバージョンは、テンポがかったるいという人もいる。たしかにテンポゆっくり目だが、演奏は決してかったるいわけではない。

特に、後年のアップテンポのバージョンとの最大の違いは「サウンドの分厚さ」だろう。
これは、トロンボーンのJ.J.ジョンソンの参加が大きいのだが、このテンポならではの迫力のある威風堂々とした力強い演奏だ。

ゆったりと大またにウォーキン。
いい感じではないですか。

J.J.ジョンソンは、この曲のソロ中に《銀座のカンカン娘》のフレーズを引用して吹いているが、何の違和感もなくアドリブのフレーズに溶け込んでいる。

いつも思うのだが、ジョン・コルトレーンの《ブルー・トレイン》と、マイルスの『ウォーキン』バージョンの《ウォーキン》の2曲は、シンプルなメロディのブルースということでも共通しているが、トロンボーンの参加がないと、まったく別の曲になってしまったんじゃないかと思われるほど、トロンボーンがサウンドのキャラクターづけに大いなる貢献をしている名演奏なのだと思う。

カップミュートの《ソーラー》

個人的にこのアルバムのベストは、なんといっても3曲目の《ソーラー》だ。

ブルースを変形させたような曲想とムードがなんとも言えずに未来的だが(21世紀になった現在においても!)、カップ・ミュートを取り付けたマイルスの印象的なプレイ、そして、マイルスから絶妙のタイミングでソロをバトンタッチされるデイヴ・シルドクラウトのソロが素晴らしい!

シルドクラウトのアルトのフレーズからは、《枯葉》のキャノンボール・アダレイ、音色からはリー・コニッツを連想してしまうが、いずれにせよ、《ソーラー》という不思議な曲の雰囲気にピッタリとはまっていることは確かだ。

この頃のマイルスのミュート・プレイは、後年、彼のトレードマークとなるハーマン・ミュートによる鋭い音色ではなく、カップ・ミュートを取り付けたアタックの柔らかい少々ハスキーな音色によるものだが、この哀切感は《ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ》で効果が発揮されていると感じる。

この演奏のムードは、トリスターノ派の禁欲的でクールな雰囲気を彷彿とさせる(たとえば『サブコンシャス・リー』のような雰囲気)。

甘さにもたれかからない、このような少しヒンヤリとしたバラード表現はたまらなくクールで気持ちが良い。

ラストの《ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー》のマイルスのミュートプレイもスリリングだ。そして、相変わらずシルドクラウトがソロに入るタイミングが絶妙だ。ケニー・クラークのブラッシュ・ワークも聴きどころの一つだ。

いい意味で「お腹いっぱい」な気分になれる、おいしいアルバムなのです『ウォーキン』は。

記:2002/03/26

album data

WALKIN' (Prestige)
- Miles Davis

1.Walkin'
2.Blue'n' Boogie
3.Solar
4.You Don't Know What Love Is
5.Love Me Or Leave Me

Miles Davis(tp)
J.J.Johnson(tb)
Dave Schildkraut(as)
Lucky Thompson(ts)
Horace Silver(p)
Percy Heath(b)
Kenny Clarke(ds)

1954/04/03 #3,4,5
1954/04/29 #1,2

関連記事

>>デイヴ・シルドクラウト〜マイルス『ウォーキン』のアルトサックス奏者

 - ジャズ