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鹿よりマシだよ人間のオスは。モテない男も努力でリベンジできることがいっぱい!

鹿よりマシだよ人間のオスは。モテない男も努力でリベンジできることがいっぱい!

モテないオスにはチャンスがない

『まんが日本昔話』に、「♪いいないいな人間っていいな」という歌がありますが、本当に、動物に比べると人間って「いいな、いいな」に囲まれた羨ましい生き物なんじゃないかと思います。

なぜ?

主にオス(男)に焦点を合わせて考えますと、動物だったら、あきらかに「種」を残せないタイプにも「敗者復活戦」が用意されているからです。

どういうことかというと。

動物の場合、モテなきゃおしまいです。

つまり、モテる=交尾できる=次世代に自分の遺伝子を残せる

ということですよね?

ある意味、これが生物の究極の目的かもしれない。
次世代に絶やさず子孫を残すことが。
子孫を残し、種の絶滅を回避することは、自然が生物にプログラムしたもっともベーシックかつ重要な本能でしょう。

そして、生殖が可能であれば、生物の根源的な目的は果たしているといえましょう。

しかし、すべてのオスが生殖できるわけではありません。
当然、求愛行動をとってもメスからソッポを向かれるオスだっています。

人間でいえば、モテないオスです。
そういうオスは、次世代に自分の遺伝子を残せない、残すに値しないとメスに判断されるわけです。
残酷にも。

動物の場合は、それでオシマイ。
ジ・エンドです。

あとは、「寂しいよ~、恨めしいよ~」と、鹿の場合は、嵐山で切ない鳴き声を出すだけです。

モテないオスにもチャンスがある

では人間の場合は?

モテなくても「敗者復活戦」が許されています。

メスの「生物としての直観」に引っかからずにスルーされたとしても、オスとしての弱さを補強できる手段がいくらでもあるのです。

10代のオスは、いや失礼、男子は、「学歴」をゲットするために一生懸命勉強する、というのもひとつの手でしょうね。
スポーツがまったくダメでモテなくても、おいらには勉強があるさ!
そういう選択肢も実際あるわけです。

「今の世の中、もう学歴社会じゃないよ」と言われて久しいかもしれませんが、そうはいっても、いまだ学歴でオスのことを峻別するメスがいることも事実。

多少ブサメンでも、東大、あるいは慶應だから付き合うという、生物としての魅力ではなく、脳が判断する社会的なメリットでオスを選ぶメスがいるかぎり、「勉強をしてブランドを手に入れる」という敗者復活戦の余地は残されているわけです。

「学歴」って、メスにとっては、「努力」あるいは「センス」あるいは「頭の良さ」などの、オスの能力をはかる分かりやすいバロメーターであることは確かなのです。

「人間お金じゃないよ」かもしれませんが、そうはいっても、お金で雄の価値を値踏みするメスがいることもまた事実。

昔から「経済力」とか「甲斐性」という言葉で表現されていますが、要するに「稼ぐ力」ってことでしょ?
メスにとって「お金を得る力=生きていく力」としてオスを測る分かりやすいバロメーターなのです。

つまり、人間という動物のオスには、生まれ持った外見や身体能力だけではなく、後天的に努力して獲得した能力によって敗者復活のチャンスが用意されているのです。

なんという親切設計。

次の世代に「種」を残せる敗者復活の権利をゲットできるのです、努力をすれば。

なんて素晴らしい生物なのでしょう、人間ってやつは。

まさに、「♪いいないいな人間っていいな」なのです。

せっかくこの敗者復活のチャンスが残されている人間社会に生まれながらも(少なくとも日本という国であれば)、モテない(やれない)からってクサッて、努力を怠るのは勿体なさ過ぎなのではないでしょうか。

輪廻転生はあるかどうかはわかりませんが、仮にあったとしたら、来世のあなたは弱い鹿のオスに生まれるかもしれませんよ。

鹿の世界は、努力で成績を上げたり、資格をとったり、給料が高い会社に就職したり、ネットで稼いだり、有名人になったり……等といった敗者復活のチャンスがありません。

チャンスが用意されていない弱いオスは、ぶっちゃけ「モテない、やれない、残せない(種を)」の三重苦です。

奈良のオス鹿は劣位でも交尾できるチャンスがあるみたいだけど(オス:メス比率が1:2だから)、金華山では、劣位のオスは、ほぼチャンスがないそうです。

そんな苛烈な生物本来の競争からあぶれて、リベンジのチャンスもないまま死んでゆくことに比べれば、何度でも、本人さえその気であれば何度もチャレンジと努力を繰り返せる人間に生まれてよかったと思いませんか?

記:2013/11/26

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