カフェモンマルトル

text:高野雲

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珈琲時光のDVD

      2016/11/08

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jinbouchou

この作品は、結構好きだ。

感動、とはちょっと違う。

なんというか、水や空気のように、当たり前のように、いつの間にかこの映画の空気が、私の中に染み込んできた、といったほうが正解。

私は、ストーリーの面白さ以上に、観終わったあとの余韻を大事にしたい人。
だから、この余韻がどれだけ浅いか深いかが個人的な評価のポイントとなる。

リアルタイムで咀嚼できる分かりやすさも好きだが、アフタービートで襲い掛かってくる波も好きだから。

たとえば、ミケランジェロ・アントニオーニの作品や、アメリカ版じゃないほうの、『惑星ソラリス』なんかは、観ている間は、ハッキリ言ってよー分からことのほうが多いのだが、不思議と鑑賞後、不思議な余韻がムクムクともたげてくる。

だから、結局また観る。

難解だから何回も観る、ってわけでもなく、分からないなら無理して分かろうとしないのも私のイイカゲンな鑑賞態度。

ただ、いいなって思った映画の空気に浸りたいって願望はとても強く、だから、『珈琲時光』は、試写の段階だけで、3回も足を運びました。

試写の段階で、再編集版、再々編集版と目を通すことが出来たが、やはり、手直しされたバージョンのほうが、素敵に仕上がっていた。

もっとも、あのシーンをカットしちまうのか!勿体無い!という思いもあったんだけどね。

でも、天然な一青窈の即興演技は素敵だし、温和で物静かなハジメちゃん(浅野忠信)も素敵。

お父さん(小林念侍)やお母さん(余貴美子)も素敵。

ハジメちゃんの犬も、「いもや」の萩原聖人も、みーんな素敵。

彼らの作り出す静かで何事もない日常的風景と、侯孝賢監督が切り取った「東京」の風景は、綺麗に、ビシッと鋭利に風景を切り取りつつも、なぜだか、とっても温(ぬく)くて心地よい。

まるで、たっぷりと太陽を浴びた布団のように。

この映画は、繰り返し観て欲しい映画だ。

だから、DVDというメディアが最適なのだ。

なぜ、繰り返し観て欲しいのかというと、要するに、これは行間を味わう映画だから。

タイトルには“珈琲”がつくが、主人公は劇中で一回もコーヒーを飲んでいない。

妊娠しているって設定だからね。

主人公の母親は、どうやら実の母ではないらしい。

でも、なんとなくうまくいっているようで、普通の母娘の関係を築き上げている。

実家は現在群馬だが、どうやら、ここで生活する前は、北海道のほうでも暮していたらしい。

このようなプロフィール的なことは、劇中では表立ってほとんど語られていない。

きっと、主人公の家族も過去には色々あったんだろうな、ってことが、なんとなく感じることは出来る。

しかし、劇中ではそのことに関しては、ほとんど語られないので、我々は色々と想像をめぐらせるわけだ。

ハジメちゃんは、明らかに陽子(一青窈)のことが好きだ。

しかし、露骨にその感情は表さない。

細やかで優しげな仕草が彼なりの愛情表現。

それが彼女に届いているのかどうかは分からないが、取りあえず、ハジメちゃんは彼女から頼りにされてはいる。

彼らにとって、2人で共有ずる時間は、おそらく、穏やかでとても心地よい時間なのだろう。

この心地よい時間、空気感を、第三者の私たちが、映画で共有することが出来るのは、ささやかだけれども、至福のひと時だ。

だから、何度でも観たくなる。
だから、DVD。
『珈琲時光』のDVD、今月末に、いよいよ発売される。

私は買いますよー。

環境ビデオのように、毎日、静かに我が家のブラウン管に流れることだろう。

記:2009/10/28

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