カフェモンマルトル

text:高野雲

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考えるな、感じるんだ

      2017/05/19

moeyo dragon

text:高良俊礼(Sounds Pal)

考えるな 感じるんだ

座右の銘、という訳ではないが、ブルース・リーの「考えるな、感じるんだ」という言葉には、特別な感慨を覚えてならない。

なるほど、日常にはあれやこれやと煩わしいことが多く、それらについて考え、悩むのは当然だが「えーい、考えてもしょうがない!やってやろうじゃないのよ。」という、ある種の開き直りの境地に達する。

そうやってがむしゃらになれば、大概のことは案外何とかなったりするもんだ。全く個人的な解釈だが、これを“感じる”ことだと言うのだなと思っている。

そんなオオゴトでなくとも、“感じる”の境地をかいま見ることは出来る。

例えば音楽。

よくお客さんや音楽仲間の間で交わされる「最初は分からなかったけど、最近分かるんだよ。」というあの会話。

例えば昔のロックが、ジャズが、クラシックが、演歌が・・・と挙げればキリがない。

自分自身の体験として、好きなアーティストが「このバンドのこのアルバムは最高!」とアツく推薦する盤を聴いても、最初は全然ピンとこなかったどころか「どこがイイんだろ?」と、不思議にすら思う訳だが、それからしばらく経っていきなり「ガツン!」とヤラレることが多々あった。

あるいは他のジャンルの音楽もいろいろ聴いて、思い出したように何となく聴いた時に「何だこれは!こんなにカッコ良かったっけ!?」と驚愕することすらあった。

ハード・ロック/ヘヴィ・メタルの良さを“分かって”はじめてジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンなどの古典的なロックの良さを感じることが出来、パンクの反骨精神に深く共感を覚えてから、ジャズやブルース、レゲエなどの、ブラック・ミュージックの奥底にあるどうしようもなくアウトローな反抗の魂に心打たれ、そこを足がかりにして、身近過ぎてかえって感動と遠かったシマ唄の音楽的な素晴らしさを理解出来るに至った。

ああ、素敵な音楽を、細かいことを考えず感動できるって何て素晴らしい!

いや、ちょっと待て。私はこの“感じる”に至るまで、それこそはたから見ればどうでもいいようなクダラナイことを、夢中になって想像したり、考察したりしてきたのではなかったか?



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ブルース・リー 燃えよドラゴン

ブルース・リーに話を戻そう。

彼はカンフー映画のスーパースターであると同時に、自ら拳法を極め、「ジークンドー」という流派を築き上げた一流の武道家である。

言ってみれば『燃えよドラゴン』などの本格的なカンフー・アクション映画は、彼の武道家としての集大成でもある。

そこに至るまでの道は、想像を絶する修練と、考えに考えた末のアイディアによって少しづつ敷かれて行ったに違いない。

そう、彼は“極めた人”であり、「考えるな、感じるんだ。」は、様々な試行錯誤や葛藤の果てに開けた道を説いた言葉であることを、理解することが必要だ。

凡人の私達は、身近にある何気ないものや、日常のさり気ないものから、疑問や驚きなどの”考えるヒント”を見出すところから始めよう。考えに考えても、感じるだけ感じ取っても、知っていることより知らないことの方が遙かに多いのだ。

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

※『奄美新聞』2010年11月27日「音庫知新かわら版」掲載記事を加筆修正

記:2014/09/30

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