カフェモンマルトル

text:高野雲

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ガチャポン/試写レポート

      2016/03/15

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ガチャポン [DVD]ガチャポン

動物園の檻やサル山に閉じ込められたサルは、そのストレスから脱毛症にかかったり、自閉症になったり、自らの毛をむしったりすることがあるという。

私は、『ガチャポン』を観て、動物園のサル山を思い出した。

言い方悪いが、登場する多くの若者は、サル山の中のサルたちだ。

渋谷という名のサル山の中で、毛をむしるサル、悶々とするサル。

サルの生き様は様々だが、基本的には気だるい閉塞感の中でくすぶっているという点は共通している。

現実はこんなもんさ、と達観するサル。

常に婚姻届を持ち歩いている、恋に恋する惚れっぽいサル。

同棲中の彼女を妊娠させたにもかかわらず定職もなくウダウダしているくせに、姉から生活費を援助されると怒りだすプライドだけは高いサル。

サル山の中でビッグになろうと、一攫千金、安易で愚直なショートカットをもくろむサルもいる。

彼の選択した道はプッシャー。

つまりヤクの売人。

(結果的に)警察に仲間を売ったり、音大でバイオリンをやっている彼女に「オマエ、俺の前では一回も弾いてくれたことないよな」と絡み、彼女の大切なバイオリンを床に叩きつけて壊したりする。そうとうサル山の中でのストレスが溜まっているとみえる。

そんな、悶々ザルに愛想を尽かした彼女は(そりゃ尽かすわな)、通っている音大と提携しているフランスの音大にとっとと留学してしまい、向こうで彼氏を作ってしまう。

「社会ヲケチラセ!社会ヲケチラセ!退屈ヲケチラセ!」と、威勢の良いうたい文句がパンフレットやチラシには書かれている。

しかし、実際は、ケチラすどころか、逆にサル山という枠組みの中、サル山のシステムに翻弄され、飲み込まれてゆく青春劇となって仕上がっているところがこの映画のミソ。

「閉塞された今の日本の社会の哀れな犠牲者」「夢をもてない若者が増えているのは、大人のせい」などと、分かったような物言いはしたくない。

だって違うんだから。

もちろん、渋谷、ひいてはニッポンという社会、環境のせいも4%ぐらいはあるかもしれないが、最大の悲劇は、彼らは自分がサル山の住人だという自覚を持っていないこと。自分はサルなんだと自覚するところから出発していないところ。サルよりはもう少しマシだと思っているところ。

だから、こんなはずじゃない、これで終わるはずがないと自分と現実との間に折り合いを見出すことが出来ない。

そりゃ、自分をサルって認めるのは辛いし、シャクかもしれないよ。

でも、サルだということを認めたときの悔しさと腹立たしさ、その怒りから生じるパワーこそが、“脱・サル”へ向かうエネルギーの源となるのだ。

それぞれの登場人物の顛末を見るとよい。

サル山の住人だという自覚を持ち「現実はそんなに甘くないさ」が口癖の主人公。一見主体性に乏しく、周囲に流されているように描かれていた彼こそが、じつはサルとしての自覚を早期から持ち、サル山のシステムを見抜いていた。中々行動はおこさなかったが。しかし、いったんは就職をするが、最後は、長年の夢だったDJとしての第一歩を踏み出そうとする。

その主人公がマドンナと憧れていた女の子も、サル山に愛想をつかして、いち早くサル山の重力圏から逃れ、フランスにバイオリン留学をして、新たな一歩を踏み出した。

この二人は、早い時期にサル山の住人だということを自覚し、自覚した上で自分の生き方を自分自身で選択し、手にいれた。

もちろん、その後の二人の選択が正しいか正しくないかなどと問うのは愚の骨頂だし、彼らに幸福な未来が待っているかどうかは分からない。

サル山を抜けたら抜けたで、新たな試練もたくさん待ち受けることだろう。

しかし、そんなことは当たり前。まずは、サル山から抜け出すことが、まずは成長の第一歩なのだから。

上記の2人以外にも、同棲していた彼女を妊娠させた男は結局はまともに働き出すし、プッシャー(ヤクの売人)として一時期は成りあがったかに見えたもう一人の主人公も、組織に1千万円の損害を与えてしまい、死んだ父親の保険金と自分の指一本を引き換えに、なんとかカタギの運送業として地道な再出発をはかろうとしている。

恋に恋する惚れっぽい女子高生も、いつまでも振り向いてくれない煮えきらない主人公を追いかけるのをやめ、体をはって自分を救ってくれた野球部の男と、資金不足ゆえ式のない結婚をする式のない結婚を何年か後にする。

そういった意味では、この映画は渋谷というサル山から、脱出をもくろむサル、脱出せざるを得ないサルたちを描いた、“脱・サル劇”、つまり、“若者の成長記録”を描いた映画なのだといえる。

サル、サルと、悪意と取られかねない文章を書いているかもしれないが、決して悪意はない。

むしろ、私は好意的な眼差しでこの映画を観ていた。

一応、フォローのため、作品全体について書かせてもらうと、2時間以上と、比較的尺の長い作品にも関わらず、最後まで飽きることなく楽しめた。

最初は、街の喧騒、特に車の音が必要以上に大きくミックスされているので、登場人物のセリフが聞き取りにくかった。なんだよ、この映画、録音がヘタクソだなぁ、と半分頭にきかけたが、慣れてくると不思議なもので、この必要以上に大きくブレンドされた“街のノイズ”が“通続基音”として心地よく鑑賞中の私に働きかけるようになってきた。まるで、自分もストリートの人物の一員として街の風景に溶け込んでいるかのように。

もっとも、あんまり溶け込みたくは無いんだけどさ(笑)。

あと、不満をあげるとしたら、ラストシーン。

『戦場のメリー・クリスマス』におけるビートたけしの「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」的な大事なシーンなわけじゃないですか。

だったら、もう少しドラマチックに丁寧に作りこんだほうが良かったのでは?

あれでは、「へ?これで終わりっすか?」と拍子抜けだ。

観た日:2004/06/16

movie data

製作年 : 2004年
製作国 : 日本
監督 : 内田英治
出演 : 忍成修吾、黄川田将也、伴杏里、松田一沙、岡元夕紀子、深水元基、竹井洋介、矢沢 心、松本まりか、虎牙光揮、餓鬼RANGER(YOSHI/GP)、ラッパ我リヤ、秋本奈緒美、榊 英雄、津田寛治、小木茂光 ほか
配給・宣伝 : ジェイ・ブイ・ディー
公開 : 新宿ジョイシネマ3にて9月中旬エンドレスサマー、レイトロードショー

記:2004/06/20 

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