ロスト・イン・トランスレーション/試写レポート

   

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Tokyo

同じ対象でも、覗く人の主観や意図で随分と違ったものに見えることはよくあることだ。

たとえば、東京。

東京ほど、捉える人の“視線”によって風景が様変わりしてしまう都市もない。これは、切り取る選択肢が多様だからこそ起きる現象だ。

特に、“外部”から客観的に映し出される東京の風景ほど奇妙で空疎なものはない。“外部”というよりも、もっと具体的に言うと、“東京に住んでいない外国人が捉えた東京”といったほうが分かりやすいか。

フランスの女性監督エリザベス・レナードが『Tokyo Melody/坂本龍一』で切り取った80年代の東京も、ジャン・レノとヒロスエが疾走した2001年のWASABIな都市も、私の日常の延長線上の東京ではなかった。

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さらにはアンドレイ・タルコフスキーが『惑星ソラリス』の一部に挿入した首都高なんて、これはもう完全に憂鬱な近未来都市ではないか?!

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で、フランシス・コッポラの娘、ソフィア・コッポラがフレーミングした東京も、もちろん“私の東京”とはまるで異質な世界。

奇妙なくらい空虚で退屈でつまらない都市だ。

東京

CM撮影で来日したハリウッド俳優(ビル・マーレー)は、時差ボケで眠れない夜が続き、通訳を介してのコミュニケーションがうまくいかない。

同様に、カメラマンの夫とともに日本を訪れたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)も、仕事に忙しい夫にホテルの部屋に置き去りにされ、一人見知らぬ土地の中で不安を抱えている。

そんな2人の視線が捉える東京なものだから、東京に住んでいる私からしても「ここはどこだ?」と思ってしまうぐらい、別世界な風景に感じる。

設備の整った一流ホテル(パーク・ハイアットだしね)、ジャズが流れるムードあふれるバー、高級しゃぶしゃぶ店、高速道路、商店街、おびただしいネオンに、窓から臨むビルだらけの街。杓子定規ながらも、病院にいけばすぐに治療してくれるし、型通りで没個性ではあるが、自分の世話をしてくれるスタッフだって一応は気遣いもしてくれる。

ハード面やインフラにおいては、あるべきものはすべて揃っているはずだし、揃うものはすべて揃っている。しかし、すべてがなんとなく無機質な風景に映るのは、主人公たちの心情がそのまま風景に投影されているからにほかならない。

彼らのそのような視線で切り取られた東京は、おそろしく退屈でつまらないものだ。街を行きかう人々の表情も空虚で、まるで人形のよう。台湾や香港人々のようなエネルギッシュさがまったく感じられないし、感じる肌触りはどこまでも冷たい。

俺ってこんなつまらねぇ街に住んでいて、しかもこのつまらなさとダルい空気を形成している一要因なのかよ、と思うとかなり幻滅してしまう。

トーキョー

日本人は、外国人からは、無愛想で不気味で何を考えているか分からないと言われがちだが、この映画の東京と東京の人を見れば、そう言う外人の気持ちが少しだけ分かるような気がする。

しかし、先述したとおり、東京という街は切り取る選択肢が多様過ぎるぐらいに多様な街なので、ソフィア・コッポラの切り取った東京の風景は、多様な選択肢の中の一つに過ぎない。

そして、これほどまでに東京の“異質な肌触り”を切り取り、かつ再構築したソフィア・コッポラの手腕はさすがだと思う。退屈でつまらない風景が、なによりも雄弁に登場人物の心情を物語っているのだ。

味のあるビル・マーレーの演技、ラストに流れるはっぴいえんどの《風をあつめて》が良かった。

記:2004/04/11

movie data

ロスト・イン・トランスレーション
製作年 : 2003年
製作国 : アメリカ
監督 : ソフィア・コッポラ
出演 : ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン、ジョバンニ・リビシ、アンナ・ファリス ほか
配給 : 東北新社
公開 : 2004/04/17~
観た日:2004/03/30

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