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ジャズと映画と本の日々:高野雲

高良健吾が演じる芥川龍之介がカッコいい映画『蜜のあわれ』

      2017/05/23

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akutagawa

『いつ恋』の高良健吾

略称『いつ恋』と呼ばれ(せ)ている月9ドラマの『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』にて、高良健吾は有村架純と共に主演をつとめている。

このドラマでの彼は、従来のシャープなイメージとはおよそかけ離れた愚直かつ不器用なイメージの青年を演じている。

ま、ドラマ自体、登場人物のほぼ全員が、どこかしらワケありで、言い方悪いけどザンネンな人たちで、そんなある種可哀そうな人たちが醸し出す独特のトーンが、おそらくはこのドラマが狙わんとする暗く湿っぽいトーンを醸成しており、おそらくは、高良健吾の役どころも、そのあたりを組みとった役作りになっているのだろう。

でもね~、なんか湿っぽい。

しかし、そんな私の「あぁ、なんだか湿っぽいよなぁ」な気分を一気に吹き飛ばしてくれたのが、先日試写会で鑑賞した室尾犀星(むろお・さいせい)の幻想文学を映画化した『蜜のあわれ』だろう。



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芥川龍之介を演じる高良健吾

ここに芥川龍之介の役で登場する高良健吾は、本来の精悍さとシャープさを取り戻しており、その凛々しいルックスは、国語の教科書に掲載されている芥川龍之介の写真のイメージを踏襲しつつも、それに増して鋭さを放つ和服が似合い過ぎるイケメンを演じていた。

もちろん、室尾犀星の原作には芥川龍之介は登場しない。

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (講談社文芸文庫)

しかし、あえて映画の中に芥川を登場させたのは、室尾犀星と芥川龍之介には文学的な深い交流があり、かつ、犀星の最大の理解者こそが芥川であったということを知っていた脚本家の、ちょっとした文学趣味、あるいは遊び心なのかもしれない。

脚本家といえば、この映画の脚本を手掛けたのは、ジャズも好きな(今でも好きだよね?!)港岳彦氏。

氏は壇蜜の『私の奴隷になりなさい』の脚本も手掛けているので、ずいぶんと「蜜」という言葉に縁のある方だなと思ったが、それは単なる偶然だろう。

話を高良健吾が演じる芥川に戻すと、芥川が登場する尺は、実際は、ほんの少し。

しかし、110分の映画の中では、金魚屋の永瀬正敏とともにもっとも強力な存在感を放っていた。

金魚を演じる二階堂ふみ

では、肝心の主役の一人、二階堂ふみはどうなのかというと?

うん、たしかに、金魚が人間に変身した不思議少女・赤井赤子の役は、彼女に相応しい役であることには間違いない。

あの全身赤づくめの衣装とともに醸し出す独特のムードは、おそらく二階堂ふみでなければなしえなかっただろう。

実際、彼女自身、室尾犀星の原作を読み込んでおり、映画への出演を熱望していたといそうだから、願ったりかなったりのキャスティングなのだろう。

しかし、なんていうのかなぁ、なんだか、女優の意気込みと演技が反比例しているような気がしないでもない。

ムードではなく、演技、そう、特にセリフ回しに肩の力が入り過ぎていると感じてしまうのは私だけであろうか?

常にどのシーンもエネルギーを全力全開しているため、これは老作家の大杉連のみならず、鑑賞する側も彼女のエネルギーに疲れてしまうのではないかな。

もっとも、それが演出の意図なのかもしれないが。

天衣無縫で、この世の愉しきことを極めつくさんばかりに人間世界を謳歌しまくる無邪気なヒロインの役柄のわりには、ところどころに彼女本来が持つ「アタマの良さ」が滲み出てしまっているんだよね。

年齢的には無理だけれども、赤子は、サントリーの「GREEN DA・KA・RA」のCMに出演しているしずくちゃん(グリーンダカラちゃん)のようであって欲しかったというのは贅沢な要求か。

そうそう、そういえば、高良健吾に話を戻すと。

冒頭で月9の『いつ恋』での彼は愚直で不器用みたいなことを書いたが、先日2016年放送の回のラスト近くに登場する高良健吾は、『蜜のあわれ』の芥川龍之介チックな精悍さを取り戻していた。

今後は第二部に突入するそうだ。

思いっきり性格が豹変していていると面白いんだけど。

そして、再び『蜜のあわれ』に話を戻すと。

この映画は、おそらくは二階堂ふみファンがもっとも注目する作品なんだろうけど、ぜひ高良健吾ファンも映画館に足を運んでほしい作品ですね。

記:2016/02/16

関連リンク

>>蜜のあわれ公式サイト

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