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ジャズと映画と本の日々:高野雲

高倉健 追悼

      2017/05/19

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text:高良俊礼(Sounds Pal)

哀悼 健さん

戦後を代表する名俳優、高倉健が亡くなった。

▼書店店頭の健さん追悼コーナー

まだ40手前の若造である私ごときが、高倉健のことを書くこと自体、実に僭越でおこがましいとは思うのだが、父の影響で『網走番外地』シリーズや『昭和残侠伝』シリーズを横目で見て、子供ながらに素直に「カッコイイな・・・」と思っていたし、煙草(確かLARKだったと思う)のキャッチコピー「言葉より語るもの」などで、もう物心付いた頃には既に「高倉健=カッコイイ大人」という印象があり、テレビなどでその誠実な人柄を表すエピソードの数々を知っていたので、やはり思い入れは強い。

自分自身、十代の頃真剣に「カッコイイ男とは何ぞや?」ということを、柄にもなく、深刻に考えて悩んだ結果、レンタルビデオで高倉健主演の東映任侠モノや『八甲田山』、『幸福の黄色いハンカチ」などを観て、「やはりこういう男を目指さねばならないんだ」と、ひしひしと思い知らされた経験もある。

なので以下「健さん」と呼ばせてもらい、謹んで哀悼の意を捧げた文章を書きたいと思う。



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人間 高倉健

健さんは、言うまでもなく昭和を代表する大スターであるが、その実は異色の存在であったと思う。

ほぼ同時期に活躍したスターといえば、若山富三郎、その弟の勝新太郎、ちょっと送れて石原裕次郎、小林旭などがいるが、彼らはスターらしく、大金を稼いでは豪遊し、文字通り華やかで型破りな私生活にも彩られ、燦然と輝く大スターだったが、健さんはプライベートは一切見せず、派手でスキャンダラスな話題などとは終生無縁の人であった。

数年前に、テレビのバラエティー番組で、梅宮辰夫と千葉真一というビッグネームの対談があったが、その時の一言「いや、一回だけね、健さん主催の役者仲間のパーティーがあったんだよ。けどね、あの人なんかクソ真面目だから全然面白くなかったんだよね。」というのに、俳優、そして人間としての「高倉健」が凝縮されていると思う。

実際に映画を観てみても、健さんの役柄は一貫して「寡黙でひたむきで、しかし内に秘めた情熱や優しさを持つ主人公」である。

例えば東映任侠シリーズでは、健さんが演じるのはヤクザである。しかし、粗野なチンピラでも狡猾な親分でもなく、義理と人情に篤く、受けた恩と仇を無言で返す「誠実な若い衆」。

実際に映画が公開された時代ですら、そんなヤクザはいなかったに違いないが、日本人は皆、健さんが演じる“ヤクザ”に憧れ、賛美し、そして見習おうとしていた。

にじみ出る魅力

恐らく健さんは、「世間の人たちが俳優・高倉健に期待する姿はコレなんだ」と、仕事でもプライベートでもその期待を裏切らないように振る舞い、役柄に入り込むような姿勢で私生活も送っていたのではないかと思う。

最近出演したテレビのワイドショーでは、意外にもお茶目な一面を見せて、より好感度を上げていたが、「タケちゃん(北野武)が、健さんは椅子に座んないって言ってたからさ、俺、本当に座れなくなっちゃって迷惑してんだよ」と、はにかみながら言うジョークすら「にじみ出る魅力」が溢れたものであった。

その魅力を語れば本当にキリがない。

荒野の渡世人

そして、今ごろ健さんの魅力や出演した映画の素晴らしさはあちこちで語られているだろうと思うので、私はひとつ、健さんが主演した映画の中で、恐らく最もマイナーで「迷作」の部類に入るであろう一本の映画を紹介したい。

1968年に公開された映画『荒野の渡世人』。

当時の流行だったマカロニウエスタンと、任侠路線とを融合させようとした企画は実に目新しいが、内容はかなり無茶のある作品で、いわゆる「B級映画」である。

ケン・カトウ

ストーリーは、日系アメリカ人の青年「ケン・カトウ」が、親の仇であるならずもの一味に復讐を誓い、ある日その一味のうちの数名と会うが、とある老ガンマンに「お前の未熟な腕ではヤツらは倒せない」と諭され、それからその老ガンマンに銃の手ほどきを受けて、達人の域に達した時、またもその一味に師匠(実はならずもののうち1人の実の父親だった)を殺されて、最後は任侠路線でおなじみの「復讐→ハッピーエンド」になるという、純粋な西部劇なのだが、健さんが何故か日本刀を持っているとか、アメリカが舞台なのだが、日本で組まれたセットでの撮影がほとんどで、全体に違和感があるとか、肝心のアメリカ人(なのだろうか?)の役者達の演技が素人臭くて、どうにも三文芝居のようなクサさがあるとか、今観ればツッコミどころ満載の映画である。

男の中の男

しかし、こんな“一流でない映画”に出演されても、健さんは与えられた「ケン・カトウ」の役を真面目にこなしている。

ウエスタン・ブーツにテンガロン・ハットというステレオタイプの「カウボーイ」を、健さんがあまりにもカッコ良く演じてしまっているから、もしかしたらこの映画の「B級感」が際立っているのかも知れない、と思えるほど、健さんの演技は「高倉健」であり、色々とツッコミどころ満載な映画なはずなのに、観た後に「やっぱ健さんカッコイイ・・・」と、思わせてしまうから凄いのだ。

追悼特番で、過去の名作はテレビでもたくさん放映されるだろうと思うが、この作品が陽の目を見ることは恐らくないだろう。しかし、この映画の中で「完全な無茶ぶりに完璧に応える健さん」こそがカッコイイ。男の中の男なのだと、私は声を大にして言いたい。

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

記:2014/11/23

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