ムーヴィング・アウト/ソニー・ロリンズ

   

スタイル確立期の爽快な演奏

たまたまなのだろうけれど、近所の水出し珈琲の旨い店に行くと、ソニー・ロリンズの『ムーヴィン・アウト』が必ずといっていいほど流れている。

大好きなロリンズのアルバムだ。

若き日のロリンズ。

まだ独自の「文体」が完成していない時期のロリンズのプレイは、チャーリー・パーカーのプレイを範としており、リズムセクションの熱気も手伝ってか、ロリンズ流のビ・バップの息吹きを感じる熱演の連続だ。

テナーの音色をアルトに置き換えると、それがそのままパーカーのプレイに感じられてしまうほど、当時のロリンズはビ・バップの語法を咀嚼し、血肉化していたことが分かる。

だから、この時期のロリンズのプレイが好きだなんていうと、ロリンズにとっては「まだ自分のスタイルが確立してない時期の演奏が好きだなんて」とイヤな顔をされるかもしれないが、それでも私は『ムーヴィング・アウト』の持つ力強さと爽快さが大好きだ。

ロリンズに限らず、私はジャズマンの武者修行時代の演奏って結構好きなのだ。

スタイル確立期のジャズマン

たとえば秋吉敏子では、語法のみならず気迫までをもコピーしまくったんじゃないかと思えるほどの『アメイジング・トシコ・アキヨシ』が好きだし、同様にリトル・パウエルとでも言うべきのケニー・ドリューのトリオも好きだ。

>>アメイジング・トシコ・アキヨシ/秋吉敏子

それから、ポロリとパウエルのフレーズがこぼれてしまう、初期のホレス・シルヴァーのピアノトリオも大好き。

ファンキー路線に走る前のルー・ドナルドソンのプレイはパーカーと瓜二つだが、そんなドナルドソンを楽しめるのブルーノートの初期のレコーディングも好き。

まぁ突き詰めれば、要するに私はパーカーとパウエルが好きなのだろう。

そして、この2人に近づこうと必死に修行を重ねる彼らの「瑞々しい音」に心打たれるのかもしれない。

ロリンズの場合は、『ムーヴィング・アウト』や、バド・パウエルの『ジ・アメイジング・バド・パウエルvol.1』でのプレイは、まるでテナーをくわえたパーカーそのもの。

ただ、フレージングの固さや、音色は既にロリンズのオリジナルなものだ。

『サキコロ』と『ムーヴィング・アウト』

まだ、後年のすっとぼけたフレーズや、モールス信号フレーズは出てこない。

単純なドレミファソラシドなフレーズの繰り返しや、意図的なリズムのズラしもなく、野球の投手にたとえれば、変化球無しのストレートのみで勝負をしているような感じ。

ど真ん中の直球ストレート。

しかも、豪快な球を投げる若き投手ロリンズは、パワフルな直球を何千、何万球と投げているうちに、少しずつ変化球の使い方を覚えていったのだろう。

あるいは、試合を重ねるうちに、いつしか精神的な余裕も生まれてきたのだろう。

演奏の緩急がつけられるようになり、必ずしも剛速球だけで勝負をしなくなった。

メリハリのついた配球が出来るようになったロリンズはまさに無敵だ。

もとより力だけで相手をねじ伏せられるだけの実力の持ち主が、技を覚え、場の空気を自在にコントロールする術を身につけたのだから。

『サキソフォン・コロッサス』が傑作たるゆえんは、そのへんにある。

>>サキソフォン・コロッサス/ソニー・ロリンズ

一直線で爽快な『ムーヴィング・アウト』を聴いたあとに『サキソフォン・コロッサス』を聴いてみるとよい。

豪快な直球ストレートはもちろんだが、意図的な外しや、フェイント、変化球を自在に操って音楽を組み立てている様が実感できるだろう。

演奏がより一層立体的になり、それはすなわちロリンズの音楽的な成長を意味するのだ。

パワーと技が理想的な型でバランスよく融合した『サキソフォン・コロッサス』の演奏。

「なるほど!」と、あなたがそう感じたとしたら、あなた自身の耳でロリンズの傑作を本当に傑作だと実感した瞬間だ。

世評の鵜呑みではなく、あなた自身の名盤が1枚誕生したことになる。

そう、『ムーヴィング・アウト』に親しむことによって、よりいっそう『サキコロ』の素晴らしさに開眼出来るのだ。

慣れ親しんでいたはずの音が、また違う風景で自分に迫ってくる。長年ジャズを鑑賞していると、このようなことがしばしば起きる。

そして、まさにこれもジャズ鑑賞の醍醐味の一つなのだ。

記:2009/03/31

album data

MOVING OUT (Prestige)
- Sonny Rollins

1.Moving Out
2.Swingin' For Bumsy
3.Silkn' Satin
4.Solid
5.More Than You Know

Sonny Rollins (ts)
Kenny Dorham (tp)
Elmo Hope (p)
Percy Heath (b)
Art Blakey (ds)

1954/08/18
1954/10/25 #5

 - ジャズ