カフェモンマルトル

text:高野雲

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おいしい水/アストラッド・ジルベルト

      2017/05/24

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おいしい水おいしい水

おいしい水の定番

「ボサ・ノヴァの女王」と呼ばれる、ジョアン・ジルベルトの奥さん、アストラッド・ジルベルトのファースト・アルバム『おいしい水』。

タイトル通り、このアルバムに収録されている《おいしい水》は、数あるボサノバ歌手の歌唱の中でも、もっともスタンダードかつ定番のナンバーなのではないかと思う。

ちょうど、《イパネマの娘》の代表的バージョンが、『ゲッツ・ジルベルト』に収録されているバージョンのように。



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椎名桜子

ところで、私が十代の後半の頃だったと思うが、マガジンハウスが『ポパイ』や『ブルータス』、そして『アンアン』や『オリーヴ』などの雑誌で、かなり強力にプッシュしている若手女流作家がいた。

椎名桜子という小説家だ。

「名前・椎名桜子 職業・作家 ただ今処女作執筆中」というような、よくわからないコピーで雑誌内の自社広告などで紹介されていた彼女。

当時の純朴な私は、出版社が仕掛けたキャンペーンだということなど気付かず、「へぇ、そんなに凄い作家が世に出てきたんだ」などと呑気にも鵜呑みにして、エッセイ集の『それでも私は白い服が欲しい』や、小説『おいし水』を買って読んだ記憶がある。

オシャレっぽいけど、薄い本、その割には値段が高いな……という記憶しか残っていない。

内容に関しては、見事に現在の私の脳味噌の中は白紙状態になってしまっている。

ただ、「おいしい水」というタイトルは、なかなか印象的だったことを覚えている。

そして、この「おいしい水」という言葉は、じつはボサノバの曲名からの借用だということを知ったのは、大学に入ってしばらくしてからのことだ。

イリアーヌの《おいしい水》

きっかけは、たしかマウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルの映像だったと思う。

昼の部のステージで、イリアーヌが演奏していた曲が《おいしい水》だったのだ。

画面に曲名が表示された瞬間、どこかで見たことのある言葉だと思ったら、なーんだ、椎名桜子の小説の名前は、ここからとったんだと合点がいった。

しかし、イリアーヌのピアノは、けっこう原曲のメロディを崩して弾いていたようで、《おいしい水》という曲のメロディを知らない当時の私が聴いたところで、曲の輪郭をつかめるにはいたらなかった。

その後、ナラ・レオンの弾き語りのCDを買って聴いてみたり、イリアーヌのアルバムを借りて聴いてみたのだが、どうもいまひとつピンと来ず(むしろ、アルバム収録の他のナンバーに魅せられたことも大きいが)、結局、アストラッド・ジルベルトのこのアルバムを聴いて、はじめて「なるほど、こういう曲か、いい曲じゃん!」と思うに至っている。

アマチュア歌手

アストラッドは、夫のジョアン・ジルベルトがスタン・ゲッツとのレコーディング(『ゲッツ/ジルベルト』)のレコーディングをするまでは、歌手でもなんでもなく、単に、旦那のレコーディングスタジオに遊びに来ていただけだったが、「ためしに、英語で《イパネマの娘》を唄ってみるか?」と冗談半分に促されるままに唄ってみたところ、きっと訓練されていない彼女の声量やヴィブラートがボサノヴァのもつ「気分」にマッチしたのだろう、彼女が歌った《イパネマの娘》が大ヒットしたという経緯がある。

《イパネマの娘》の1番は夫のジョアンがポルトガル語で歌い、2番が妻のアストラッドが英語で歌っているのだが(その後にゲッツのテナーソロ)、なんとジョアンが歌った一番の箇所はカットされ、彼女が歌った2番の箇所がシングルとして世界中に売りだされレコードがヒットしたのだ。

彼女がブラジル本国では、あまり評価されていないにもかかわらず、日本やアメリカなどの、むしろ他国で「ブラジルの女王」と呼ばれている所以は、「英語で歌った歌が英語圏の国(=アメリカ)」でヒットしたという背景とは無関係ではないだろう。

ボサノヴァの「気分」

しかし、そのような背景はともかく、アストラッドの歌唱がかもし出す、ある種の「素人っぽさ」は、じつにボサノヴァが本質的に持つであろう清涼感と倦怠感に非常にマッチしている。

ボサノヴァ特有の清涼感は《イパネマの娘》で、そして、倦怠感のほうは《おいしい水》で、アストラッドは上手に引き出している。

《おいしい水》を聴きたければ、まずはアストラッドの『おいしい水』から聴くことをおすすめしたい。

もちろん、このナンバーのみならず、《ジンジ》などの名曲・名唱も見逃せない。

彼女が歌うボサ・ナンバーを連続して聴いていると、時に単調に陥りがちな歌唱であることは否めないのだが、そこはマーティ・ペイチによるアレンジ、指揮による豪華バックが、見事にサウンドカラーを施すことによって、一本調子にならない流れを作っていることも見逃せない。

前田敦子に似ている?

ところで、このアルバムジャケットを見て、元AKB48で、現在は歌手・女優として活躍している前田敦子に似ているという人がいたが、うーん、そうだろうか?

そういえば、ウィキペディアで前田敦子を調べてみると、

よく「昔っぽい顔」と言われるという

という記述があった。

言われてみれば、両目が中央に寄り気味なところが似ていなくもないのだが、あっちゃん(前田敦子)が言われる「昔っぽい顔」というのは、このアルバムが登場した頃に流行した欧米の俳優たちのメイキャップを真似た、日本人の女優たちの往時の雰囲気に似ているということなのではないかな?

そのあたりはよく分からないのだけれど、「似ている」という人が感じたニュアンスは、なんとなく分からなくもないかな。

記:2015/04/24

album data

おいしい水(The Astrud Gilberto Album) (verve)
- Astrud Gilberto

1. ワンス・アイ・ラヴド
2. おいしい水
3. 瞑想
4. アンド・ローゼズ・アンド・ローゼズ
5. 悲しみのモロ
6. お馬鹿さん
7. ジンジ
8. フォトグラフ
9. 夢みる人
10. あなたと一緒に
11. サヨナラを言うばかり

アストラッド・ジルベルト(vo)
アントニオ・カルロス・ジョビン(g.vo)
バド・シャンク(fl,as)
ジョアン・ドナート(p)
マーティ・ペイチ(cond) 他

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