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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

ベーシスト冥利

      2018/01/14

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気が付けば、ベースを弾き始めて10年以上が経っていた。

ベースをやって良かったと思うことの一つは、「声のかかり率」が非常に高い楽器だということ。それゆえ、様々な人と、様々な音楽に関われるということ。

ドラムスもそうかもしれないが、ベーシスト人口は、たとえばギター、ヴォーカル、サックスなどの“フロント楽器”に比べれば著しく少ない。

だから、ベースはいつだって需要の高いパートなのだ。

ジャズにブルース、そしてソウル、Jポップからロックに弾き語り、さらには夜の飲み屋のオジサンたちのベンチャーズやビートルズや懐メロポップスにグループサウンズの伴奏を頼まれたりと、「手伝ってくれないか」とか「一緒にバンドを組もう」という呼び声が高く、ベースを始めて以来、僅かな期間を除けば、バンドを組んでいない状態や、ライブの予定が入っていないという状態がほとんど無い。

もし私がギタリストで、いまのベースぐらいの腕だったら、これほどまでに声がかかることはないだろう。

競争率の高い楽器ゆえ、私程度の腕だったら、どこに行っても「間に合ってます」と門前払い&お払い箱になることは確実だ。

一にも二にも、「人口が少ない」という、ただそれだけの理由で恩恵を被れることが、ベースをやっていることの特典といえば特典と言えるかもしれない。

節操が無いといえばそれまでだが、それでも多くの人と様々な形態で演奏にかかわることが、自分の腕を磨く上ですごく役に立っていると思う。

一箇所の場所に落ち着き、腰を据えて一つのことに取り組むことも、それはそれで悪くはないが、相手の腕が良くなければ、むしろ逆効果、ということもある。

また、一つのことに集中して取り組むことも必要だが、より多くの曲をこなした方が、よりセンスアップにも繋がると思う。

読書量や知識の多さに比例して、感性・センスが研ぎ澄まされる可能性が高いという「感性工学」なる学問の最近のレポートがあるが、それと同じ考えだ(もっとも本だけ読んで実践の伴わない「書痴」という例外も忘れてはならないが)。

部屋の中での5時間の練習よりも、人と合わせる1時間のほうが実りが多い。

1回のライブは10回のバンド練習に匹敵する。

個人練習だけでは見えにくく、気付き難い自分自身の弱点や課題が、人と合わせることで、あるいは人前で演奏することによって、いとも簡単に見つかる。

したがって、個人練習の指針や方策も立てやすい。

つまり、人と合わせる機会、人前で演奏する機会が多ければ多いほど、上達も早いし、なにより楽しみが増える。

良いことづくめだ。

だからベーシストは、せっかくの需要と声のかかり率の高い楽器を手にしているのだから、積極的にどんどんバンドを組んだり、ライブに参加するようにしたほうが良いんじゃないかと思う。

ギターやピアノと違って、一人でボンボンと単音の低音を部屋の中で鳴らしても、そんなに面白い楽器とはいえないし、やっぱり他の楽器と合わせてこそ生きてくる楽器なのだから。

そういえば、私の周囲にかぎっての話かもしれないが、ベーシストには社交的な人が多い。

むしろ、自分一人だけでも音楽が成立してしまうギターやピアノ弾きの人のほうがムッツリだったり内気だったり協調性に欠いていることが多い(もちろんそうじゃない人も多いが)。

ベーシストは、人と合わせてこそ、はじめて自分が生きてくるということを知っているからなのだろう。

私は楽器弾きであると同時に、音楽を聴くことが好きな「リスナー」でもある。

「弾く」悦びも満たせると同時に、リアルタイムで演奏に参加しながら「聴く」悦びも満たしている。

そして、ベーシスト人口が少ないゆえに、そのような機会が他の楽器よりも多い。

まさにベーシスト冥利につきるといえるだろう。

記:2002/08/14(from「ベース馬鹿見参!」)

参考記事

>>ベースをやって良かったこと・悪かったこと~正直、良いことづくめです。

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