カフェモンマルトル

text:高野雲

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【ブルースの歴史・2】 カントリーブルース編

      2017/05/19

Papa Charlie Jackson Vol. 1 (1924 - 1926)Papa Charlie Jackson Vol. 1 (1924 - 1926)

text:高良俊礼(Sounds Pal)

>>【ブルースの歴史・1】W.C.ハンディ編の続きです。

レコード時代の到来

W.C.ハンディは《メンフィス・ブルース》をはじめとする初期の「ブルース形式の楽曲」を、ヒットさせた1910年代半ば以降、「ブルース」は、都市部の富裕層や中産階級の間のひとつの流行りとなる。

そしていよいよ、レコード(SP盤)の時代が到来する。



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メイミー・スミス クレイジー・ブルース

記録に残っている最初の「ブルース」のヒットとなったのは、1920年、女性シンガー、メイミー・スミスが唄った《クレイジー・ブルース》である。

「録音された最初のブルース」という言葉の響きから連想される、初期衝動の荒削りさや泥臭さとは到って無縁の、淡々とした洗練された唄と演奏に、最初聴いた時は妙な肩透かしを喰らったような、複雑な気持ちになったが、その後にはベッシー・スミス、アイダ・コックス、アルバータ・ハンター、そしてマ・レイニーといった、個性的なシンガー達も、徐々にレコーディングを行って人気を集めることになる。

Crazy Blues: Best ofCrazy Blues/Mamie Smith

ギター・ブルース シルヴェスター・ウィーヴァー

では、私たちがよく知っている、弾き語りのブルースマン達は、いつ頃からどうやって世に出てきたのか?

最初にレコードを売り出して成功したのは誰なのか?

前回のW.C.ハンディから、ここまで読んで、その疑問に悶々とした人は恐らく多いだろう。

まず最初に「ブルースを録音した男性シンガー」は、ケンタッキー州ルイヴィルを拠点にしていたスライドギターの名手、シルヴェスター・ウィーヴァーである。

彼が録音した《ギター・ブルース》は、データには1923年11月録音とあり、これが現在確認出来る最古の「ブルースマンの肉声」である。

続いて、1924年アトランタで録音された、エド・アンドリュースの《バレルハウス・ブルース》と《タイム・エイント・ゴナ・メイク・ミー・ステイ》が、オーケー・レコードから発売されたが、これらの楽曲は当時ほとんど売れず、あえなくお蔵入りとなってしまった(シルヴェスター・ウィーヴァーはその後もめげずに録音を続け、現在その音源をまとめたものはPヴァインから販売されている)。

ギター・ブルース [初回限定盤]ギター・ブルース/シルヴェスター・ウィーヴァー

パパ・チャーリー・ジャクソン

レコード各社は、「男の弾き語りブルースはダメだ」と、失望していたはずである。

もっとも、派手で華美なものが好まれたこの時代、素朴な弾き語りブルースなどに目を付けるレコード会社など、数えるほどもなかったということだったが・・・。

この閉塞感を打ち破ったのは、何とも素朴な「バンジョー弾き語り」だった。

パパ・チャーリー・ジャクソンが、1924年に放った《パパズ・ロウディ・ロウディ・ブルース》のヒットがそれだ。

彼をもって「カントリー・ブルースのさきがけ」という人もいるようだが、経歴を調べてみると、どうも純粋なブルースマンというより、やはりメディスンショウやミンストレルで興行の一座として各地を回っていた芸人だったようだ。

実際にPヴァイン盤からリリースされたベスト・アルバム『ロウディー・ロウディー・ブルース』で、《パパズ・ロウディ・ロウディ・ブルース》や、その他の曲を聴いても、ブルースというよりはどこかほのぼのとした、牧歌調のバラッド(民謡)やショウの座興で唄っていたとおぼしき小唄の類が多い。

やはりいつの時代も、ディープでヘヴィなものよりも、大衆を意識したポップなものが売れるということか。

ブルース好きの心のふるさと

それにしてもパパ・チャーリー・ジャクソンの歌声は、実にあっけらかんとしてはいるが、聴けば聴くほど、その余韻に浸れる。

6弦バンジョーが奏でる軽快なリズムと、巧みなフィンガー・ピッキングも、軽く爪弾いているようで、実は高度なテクニックがそこかしこに散りばめられていて、タダモノではないことは作品を聴き込めばすぐに分かろう。

誰かがパパ・チャーリー・ジャクソンを「ブルース好きの心のふるさと」と形容していたレビューを見て、もっともな形容だと深く共感したことがあったが、確かに彼の「ブルース」は、ブルース誕生以前に人々を和ませ、勇気付けていたであろう「ブルース以前」の世界を淡いセピア色の憧憬と共に思い起こさせてくれるものだ。

カントリー・ブルース

ともかく《パパズ・ロウディ・ロウディ・ブルース》のヒット以後、「男の弾き語りブルースもいけるな」と判断したレコード各社は、ラグタイム・ギターの凄腕の名手、ブラインド・ブレイクやテキサス・ブルースの巨人、ブラインド・レモン・ジェファソンンなどのレコードを世に出し、これらの全国的なヒットが、「カントリー・ブルース」と呼ばれるルーツ・オブ・ブルースが世界に知れ渡る大きな潮流を作ることに繋がってゆく。

このときW.C.ハンディがミシシッピで「ブルース」を発見してから30年近く、メイミー・スミスが《クレイジー・ブルース》をヒットさせてから10年近い年月が既に過ぎていたが、ハンディが衝撃を受けた《ミシシッピ・デルタ・ブルース》が世に認知されるようになるのは、まだまだ先の話である。

バンジョー

最後に少し豆知識を。

今ではすっかりブルースで使われることもなくなり、一般には「カントリーの楽器」として認知されているバンジョーは、元々アフリカ由来の黒人達の弦楽器であった。

南米経由でギターが入ってくるまで、黒人達は、主にバンジョーを使ってバラッドやスピリチュアル(黒人霊歌)を伴奏に唄っていたということを考えれば、最初にヒットした弾き語りのブルースが、ギターではなくバンジョーの弾き語りによるものだったというのは、何だか歴史の奇妙な因縁のようなものを感じる。

【ブルースの歴史・3】ブラインド・レモン・ジェファスン編に続く

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

記:2014/10/31

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