バウンシング・ウィズ・デックス/デクスター・ゴードン

      2021/01/25

お手本にもなったブルースのアドリブ

デクスター・ゴードンの《ビリーズ・バウンス》のアドリブを、丸々コピーしてライブで吹いたテナー奏者がいた。

私がベースを始めて、はじめてのライブの時だったから、もうずいぶん昔の話になる。

彼は、ジョニー・グリフィンやエディ・ロックジョウ・デイヴィス、それにデクスター・ゴードンなど、いわゆるブロウする”タイプのテナー奏者に心酔していた人で、サックスの個人レッスンに通いながら、熱心に練習を重ねていた。

たまたまアルバイトをしていたジャズ喫茶が同じだからという縁で、彼を大学のジャズ研のライブに誘い、ゲスト出演をしてもらった。

ベース(エレキベース)を始めたての私が、ようやくベースラインのようなものを弾けるようになった程度のレベルだったので、演奏レパートリーは、《枯葉》や《ナウズ・ザ・タイム》や《モリタート》など、難易度が低めの曲ばかりの選曲だ。

彼にゲスト参加してもらった曲は《ナウズ・ザ・タイム》。

キーが「F」のブルースだ。

《枯葉》と同様に、ジャズを始めた人が一番最初に取り組む曲といっても過言ではない。

例に漏れず、私も練習の成果を発揮する格好のチャンスだと思い、この曲は張り切ってベースを弾いた。

数人の管楽器奏者のソロの後に登場した彼のテナーサックスのソロはひときわ印象深いものだった。

構成、メリハリ、フレーズの緩急。そのどれもが、とてもバランスが取れているのだ。

もちろん、ベースを始めたての私は、ベースを弾くことばにほとんどの神経が集中していたので、他のプレイヤーの演奏を楽しむほどの余裕は無かったが、それでも耳の片隅からはいってくる彼のアドリブは、他の管楽器奏者のアドリブとは一枚も二枚も上手な、堂々とした内容だった。

幸い、このライブの模様は録画されていたので、ライブ後に自宅でプレイバックしてみたが、やはり演奏中に感じた彼のテナーのアドリブ構成の見事さは群を抜いていて、何度か観ているうちに、すっかりアドリブのフレーズを覚えてしまうほどになった。鼻歌でも“歌える”ほどの、メロディアスな旋律だったからだと思う。

数年後、デクスター・ゴードンの『バウンシング・ウィズ・デックス』を購入して、一曲目の《ビリーズ・バウンス》を聴いてみてビックリ。

どこかで聴いたメロディばかりだなと感じたが、そう、要するにテナーサックスの彼が吹いていたフレーズは、デクスター・ゴードンのアドリブの丸ごとコピーだったのだ。

どうりで、見事なアドリブのメロディの組み立てと構成力だと思ったよ……。

しかし、考えようによっては、このデクスターのアドリブは、サックス奏者にとっても格好の教材なのかもしれない。

フレーズはとてもメロディアスだし、デックス特有のボケというか音の外し、それに、のらりくらりと素っトボけたフレーズ、そしてアドリブの緩急の付け方のバランスが非常に巧みなのだ。

これはデクスターのファンではなくても、サックスをやっている人だったら一度はコピーしてみたくなる内容なのではないだろうか。

リー・コニッツは、『ヴェリー・クール』というアルバムの《ビリーズ・バウンス》で、トランペッターとユニゾンで、チャーリー・パーカーのアドリブ内容を完全にコピーして吹いているが、憧れのプレイヤーのアドリブは、丸ごとコピーし練習してしまいたくなるのが楽器弾きの習性なのかもしれない(リー・コニッツの場合はパーカーに対してのリスペクトの念の表明としてのプレイだったのかもしれないが)。

そいういえば、私も昔はチェンバーやミンガスのベースラインをよく拾って真似たものだ。

さすがに、そっくりそのままの内容は人前では弾かなかったが、彼らのベースラインを下敷きにして、自分自身のフレーズを組み立てようと、一生懸命だった。

自分が「いいな」と思った演奏を一生懸命なぞってみることは、楽器演奏の楽しみが増すし、なにより楽器の上達の一番の近道なのかもしれない。

ピアノでも“パウエル派”、“エヴァンス派”と称されるピアニストが数多くいるが、きっと彼らは憧れのパウエルやエヴァンスのプレイに耳をそばだてながら、一生懸命コピーをして練習していたに違いない。

もちろん、ジャズは“個人の個性の表出”という側面の強い表現形態なので、最終的には“その人の音”で勝負するべきだが、いきなり最初の段階から個性を獲得、発揮することは、一部の人を除けば中々容易なこととは言えない。

ギター少年が憧れのギタリストの真似を一生懸命するように、ジャズマンも最初は憧れのジャズマンの真似からスタートする。そして、少しずつその人なりの個性が開花してゆくのだろう。

もちろん物真似の段階で終わってしまう人も多いのだろうが……。

だから、デクスター・ゴードンに憧れるアマチュア・テナー奏者が、デクスター・ゴードンのアドリブ・フレーズを一音も漏らさずコピーして、そっくりそのまま吹けるまで練習するということは、とても自然な行為だと思う。もっとも人前で演奏してネタバレになると顰蹙を買うだろうけど。

そして、彼は非常に良い素材を選んだな、さすがデックスのファンだなと感心もした。

とにかく、先述したとおり、『バウンシング・ウィズ・デックス』の《ビリーズ・バウンス》は、デクスター・ゴードンのおいしいところがいっぱい詰まった内容なのだ。

彼のファンが、このアドリブから少しでもおいしいエッセンスを盗もうとするの気持ちは、よくわかる。

もちろん、デックスからしてみれば、彼の生涯における何万回もの演奏の中の一コマに過ぎず、それほど気合いを入れて臨んだ演奏ではないかもしれない。

むしろ、肩の力を抜いて、軽い気持ちでブルースを“流す”気分で演奏したに違いない。

しかし、軽い気持ちで演奏したとしても、そのプレイの中には、見事においしいエッセンスが凝縮されているのだから、ベテランと呼ぶ以外になんと呼んで良いのやら。

軽い鼻歌のつもりでも、彼が吹いたものはジャズになってしまう凄さ。彼は、まさに存在そのものが“ジャズ”なのかもしれない。

この『バウンシング・デックス』というアルバムは、《ビリーズ・バウンス》も良いが、他の演奏ももちろん良い。

私の場合は《イージー・リヴィング》が好きで、曲相とデックスのプレイスタイルが見事にピッタリと合っていると思う。

このアルバムが素晴らしい理由の一つとして、テテ・モントリューの参加があげられる。

ケニー・ドリューといい、テテ・モントリューといい、雄弁で音の粒立ちがハッキリしたピアニストと、デックスのテナーの相性は良いようだ。

特に、抜群の相性ぶりを楽しめる演奏として、テテ作曲の《カタロニアン・ナイツ》をあげたい。

たっぷりと息を吹き込んだ密度の濃いテナーサウンドを展開しているデックスのテナーはもちろんのこと、テテ作曲の哀愁感たっぷりの曲のメロディに熱いものがこみ上げてくるのだ。

記:2002/12/14

album data

BOUNCING WITH DEX (Steeple Chase)
- Dexter Gordon

1.Billie's Bounce
2.Easy Living
3.Benji's Bounce
4.Catalonian Nights
5.Four
6.Easy Living,take 1(Rainger-Robin)

Dexter Gordon(ts)
Tete Montoliu (p)
Niels-Henning φrsted Pedersen (b)
Billy Higgins (ds)

1975/09/14

 - ジャズ