カフェモンマルトル

ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

楽器奏者として

      2016/01/20

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私は楽器をやっている以上、どんな時にでも聴き手がいることを念頭に置いて練習と演奏を心掛けるよう常々自分自身を戒めているが、それでも時として陥りやすいのが「聴衆不在の自己満足」。

独り善がりな「一方的押し付け」ではなく、だからといって必要以上に媚びを売りすぎずに、「自分自身」を聴き手に感じてもらえることが最高な状態なのだが、そのためには「天然な」状態だけではいつか必ず破綻が生じるもので、やはり楽器を意図通りに操れるぐらいの純粋な「技術」や、大袈裟にいえば音楽に対しての「思想」「哲学」のようなものも必要なのだと思う。

技術の安定と向上、そして自信の拠り所を得るために練習をするわけだし、かといってそれだけだと「楽器オタク」や「練習馬鹿」になってしまう可能性もあるので、練習だけでは補えないサムシングを得るために、日夜様々な人と交流し少しでも表現に磨きをかけられれば、と思いつつ、今日も夜の街に繰り出すのであった(←自己正当化・笑)。

記:2000/09/05

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