カフェモンマルトル

ジャズと映画と本の日々:高野雲

細野、森高、エリントン

      2016/12/31

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細野晴臣

細野晴臣作曲の《シムーン》は、とても名曲だと思う。

イエロー・マジック・オーケストラのバージョンもとても良いのだけれども、

松武秀樹の『東方快車』バージョンも捨てがたく、今日は、たまたまこの曲がiTuneでシャッフルされたので、うーん、たまに聴くといいやねと聴いていた。

で、iTunesが次に選曲したのが、同じく細野さんの「はらいそ」。

もちろんタイトル曲だ。
うーん、ナイスつなぎ。

細野さん的東洋快楽主義が全開なのだ!

この『はらいそ』のラストに、かけ足の足音がはいっていて、細野さんが「この次はモアベターよ」と言う箇所があるが、森高千里が、これを真似てアルバム『ラッキー7』の最初の曲、《手をたたこう》のラストに、かけ足のSEとともに、「今度はモアベターよ」
と言ったときは、「くーっ!」ときましたね(笑)。

森高千里

で、森高の細野さんリスペクトっぷりが、発露されたのが、細野晴臣や細野さん大のお気に入りガール(?)であるコシミハルも参加している『今年の夏はモア・ベター』。

この『はらいそ』の曲などを中心にカバーをされている軽快なアルバムを森高が出したときは、『Lucky 7』での「今度はモアベターよ!」のセリフは、単なる思い付きではなく、キチンと細野さんをリスペクトっぷりはホンモノだと思ったものだ。

タイトルにも再度「モアベター」が使用されているしね。

今年になって、ようやく、さまざまなミュージシャンによる細野さんリスペクトアルバムが発売されたが、森高と細野さんのコラボレーションは、1998年。

細野さん参加とはいえ、ある意味『今年の夏も、モアベター』もトリビュートアルバムといってよかろう。
時代の先を行ってましたね、森高は(笑)。

デューク・エリントン

話は横にそれているが(最初からそれているが)、細野さんの『はらいそ』の《はらいそ》の次に選曲されたのが、デューク・エリントンの《イスファハーン》。

名盤『極東組曲』の中の曲だ。

このアルバムは、世界中を演奏でまわってきたエリントンが、東洋の印象を自分流の表現で作編曲、演奏したもの。

私は、このアルバムを彼の最高傑作の1枚だと信じて疑わないし、エリントン入門にもふさわしいアルバムだと思っている。

3人の共通点

細野晴臣、森高千里、デューク・エリントン。

ミシンとこうもり傘のような組み合わせで脈絡がない?

いえいえ、この3人に共通した傾向がありますよ。

そう、「うそつき」で「正直」で「説得力」があること。

3人それぞれ手法は違うが、音として描き出される彼らが見聞した世界は、決してホンモノではない。
フェイクがはいり、どこかウソくささが漂う。

しかし、このウソくさい音は彼自身が感じた正直な音世界でもあるのだ。
(森高の場合は、過去にトライした演歌やジャズのツー・ファイヴ・ブルースを指す)

これを正直に、ストレートに自分流の音として吐き出している。
だから説得力がある。

ヘンに現地の旋律や楽器を無理に取り入れることをせず(もちろん取り入れることもあるが、全面的にではないという意味で)、自分流の方法で、自分の土俵であくまで表現していること。これが説得力の要因。

だからこそ、私にとって、エリントンも細野さんも森高千里も、自分流の世界で、私を楽しませてくれる音楽家といった意味では、同格なのだ。

エリントン流フレームワーク

ところで、久々に聴いた『極東組曲』いいねぇ。
70年代の映画のよう。いろ褪せた中東の映像が目の前に広がるような感じ。

《アドリブ・オン・ニッポン》のピアノ、こんな旋律って、まったく日本的じゃないんだけれども、エリントンというフィルターを通されたニッポンという目線で聴くと、ああ、なんて日本的。

今朝の讀賣新聞に掲載された写真と、今朝のニューズウィークに掲載された写真。
たとえ同じ写真でも、ニュアンスがまったく違って見えるのと同じようなもの。
写真は写真で一緒だが、違った情緒を感じるのは、視線が違うから。
同じ対象でも捉えるフレームが違うから。

そして、エリントン流のフレームワークは、それはそれで、強い説得力がある。

そんなことをツラツラ考えながら仕事をしていましたとさ。

記:2007/07/08

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