『ビッチェズ・ブリュー』は、電気マイルス最初の1枚、あるいは最後の1枚

      2017/06/23

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電化マイルスの「ヘソ」

来月8月5日の「音聴き会」は、エレクトリックマイルス特集だ。

代々木の焼酎ダイニング「ななかまど」で行う予定。

まだ、具体的な選曲に落とし込む作業までには至っていないが、毎日、時間の隙間を見つけては、エレクトリック時代のマイルスを聴いている。

そこで気付いたこと。

エレクトリック・マイルスに関しては、やはり『ビッチェズ・ブリュー』が「ヘソ」です。

この作品が分かれば、このアルバムが好きになれば、その前後の作品もスッと理解できるはずだ。

「ビッチェズ前」の音源を聞けば、「なるほど、こういう過程と試行錯誤を経て、ここにたどり着いたのだな」と思うし、その後の音源を聞けば、「なるほど、ビッチェズを踏み台にして、また少しずつ遠くへ行こうとしているのだな」ということが実感として分かると思う。

そして、エレクトリック時代を通しで聴き、その全体像を俯瞰してみると、やはりエレクトリック時代のマイルスの中では、『ビッチェズ・ブリュー』というアルバムが、「作品」としてはバツグンの完成度を誇り、とても際立った作品だということが、とても良くわかってくる。



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『ビッチェズ』を楽しめる才能

瞬発力や、瞬間瞬間のカタルシス、あるいは、マイルス含めそれぞれのプレイヤーの光るプレイや、「おっ!」とくる箇所、アプローチの面白さや特異さ。

こうした“各論的な聴き方”であれば、
『オン・ザ・コーナー』や
『イン・ア・サイレント・ウェイ』や
『ゲット・アップ・ウィズ・イット』や
『フィルモア』や
『ジャック・ジョンソン』や
『アガルタ』や
『パンゲア』や
『アナザー・ユニティ』や
『ダークメイガス』や
『キリマンジャロの娘』や
『ライヴ・イヴィル』や
『1969マイルス』なども楽しめる。

しかし、上記アルバムは、私の場合、好きな曲もあれば、そうでもない曲もあったりする。

最初から最後まで通しで聴くというよりかは、聴きたい曲だけをチョイスして聴くことのほうが多い。

しかし、『ビッチェズ・ブリュー』だけは別なんだよね。

アルバム全体に太い串が刺さっている。
通底した不穏で大きなウネリがある。
マイルスのラッパには、ほかの諸々の作品ではあまり聴けない神秘さと神々しさがある。

アルバム全体が、細やかさとスケールの大きさが共存した起伏のある物語なのだ。

だからワタシは『ビッチェズ・ブリュー』を聴く。
時間があれば、なるべく通しで聴く。
沈みこむような、哲学的な時間を持つことが出来る。

アコースティック4ビートに身を委ね、バーボンやスコッチのピュアモルトのロックと伴に時間を過ごすのも、それなりに充実した贅沢な時間だとは思う。

しかし、黒糖焼酎のロックをかたわらに、ビッチェズブリューのトグロを巻くサウンドと伴に過ごす時間も、ズブズブと意識が地面の奥底に沈み込むような深い深い感覚を味わえるのだ。

短期間で50万枚というセールスを記録したアルバムとしてではなく、マイルスが“ロックに走った”という言辞に惑わされることなく、油井正一先生が「世紀の大傑作」と激賞したアルバムとしてでもなく、

一度、このような「凄いアルバムなんだろうな」という刷り込みはリセットし、虚心坦懐に音に身を委ねてみよう。

本当は、75年までのマイルスのオフィシャル盤を全部を聴いた上で『ビッチェズ・ブリュー』を聴くと、より一層この作品の深みやマイルスの音楽的な目論見がよく分かるよ、と言いたいところなんだけれども、さすがに、それは一部の人にしか無理だと思う。

だから、「エレクトリック・マイルスってなーに? 何を聴けばいいの?」という入門者の人、あるいは「エレクトリックマイルスが凄いっていわれて、代表的なアルバムも7~8枚買ったけど、いまだにピンと来ない」という人は、とにもかくにも『ビッチェズ・ブリュー』を聴きましょう。

これをまずは10回ぐらい聴いて、いったん聴くのやめて、ほかの音楽を数枚聴いて(アコースティック期のマイルスでもいい)、また『ビッチェズ』に戻ってみよう。

この音楽のスケールの大きさと表現の深さに気付くかもしれない。

でも、べつに無理してそこまで“修行”する必要もないのだけれども、「知りたい!!」という純粋な好奇心の持ち主だったら、それぐらいのこと苦じゃない筈。

苦痛と感じる人、面倒だと思う人、ピンと来ない人も中にはいるかもしれないが、ご安心あれ。それは「才能」がなかっただけの話です(笑)。

たまたま「ビッチェズ・ブリューを解する能力・感性を生まれながらにして持ってなかった」だけの話。

それはその人の特性なのだから仕方ない。

私だって「生まれながらにして人の話をきちんと聴くことが出来ない(音は聴くけど)」という欠陥というか、「聞き上手」の才能がないのだから。

「才能の無い分野・領域」というのは誰しも持っているわけで、広い世界には「ビッチェズ・ブリューの才能が無い人」だっているのだから、なにも、それで腹を立てたり悲しむ必要はさらさら無いのだ。

それが分かっただけでも幸福だ。
無理してつきあわずに、世の中にはまだまだたくさんの音楽があるのだから、別の音楽や趣味に夢中になりましょう。

もしかしたら、サザン・オールスターズの音源や映像を集めて熱中したほうが、よっぽど楽しい人生かもしれないし、水上勉の全集を揃えて読破したほうが、よっぽど豊かな人生になるのかもしれない。

たまたま、“『ビッチェズ・ブリュー』を楽しむ才能があった”私は、今日も『ビッチェズ・ブリュー』を聴いて、「う~ん!」と唸ることが出来るだけ。

そして、私だけではく“『ビッチェズ・ブリュー』を楽しむ才能がある人”は、世の中にもたくさんいるはず。

そういう人は、自動的に、ほかのエレクトリック・マイルスの作品も楽しめる可能性が大きいのだ。

記:2007/07/21

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 - ジャズ

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