カフェモンマルトル

text:高野雲

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ブルース・ウォーク/ルー・ドナルドソン

      2017/05/20

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ブルース・ウォークブルース・ウォーク

私が所属していた学のジャズ研に、プーというニックネームのクラリネット吹きがいた。

童顔のつるつる顔。ディズニーのキャラクター「プーさん」を彷彿とさせるコロコロ体型で、ボケーッとしてちょっと抜けたところもあるが、人懐っこい愛嬌のあるルックスと純朴な性格ゆえ、誰からも好かれていたプー。

実家は青森と秋田の県境。そして、高校時代までは野球一筋の野球少年だったプー。

そんなプーがなぜ、大学一年生も終わりの時期にジャズ研に入部したのかというと、それは「恋」からだった。

友人の高校時代の女友達に一目惚れをしたプー。

時おなじくして、彼は映画『ベニー・グッドマン物語』を観て、えらく感激した。

特に彼が感動したのは、《メモリーズ・オブ・ユー》を吹いて愛の告白をするシーン。

このシーンを気に入ったプーは、何度もこの映画を見返した。それこそ、テープが擦り切れるほど。

プーは決心した。よし、クラリネットをやろう!

クラリネットを買う。

クラリネットを練習する。

《メモリーズ・オブ・ユー》が吹けるようになる。

意中の彼女の前で《メモリーズ・オブ・ユー》を吹く。

彼女が自分の演奏に感動する。

彼女はそんなプーにベタ惚れする。

めでたく、二人は付き合いはじめる。

このようなまわりくどい告白方法と恋の青写真を考え出したプー。

おまえなー、いくら<メモリーズ・オブ・ユー>をうまく吹いたからって彼女がその曲好きだとは限らないだろ。第一、彼女、ジャズなんてまったく聴かないそうじゃないか。

そんな周囲の声には耳を貸さず、プーはクラリネットを買って練習をはじめた。

大好きなルイ・アームストロングしかなかったプーの部屋のCDラックが、次第にモダン・ジャズのアルバムで埋まっていった。

ジャズのウンチクの一つぐらい女の子の前で出来なければかっこ悪いと思ったからだ。

不慣れな手つきで、煙草も吸い始めた。

ジャズを聴きながら、「ふーっ」と気だるく煙草の煙の一つも吐き出せないとかっこ悪いと思ったからだ。

浅田彰や栗本慎一郎の本を古本屋で買い求め、意味も分からず読み始めた。

ニューアカ(デミズム)全盛の当時、難しいこと、イコールかっこ良さげに思われる時代的な雰囲気があったからだ。

純朴な野球少年だった男の生活環境をそこまで変えさせたのは、ひとえにもふたえにも「恋」の力だった。

しかし、そんなに人の体質はすぐに変わるものではない。くわえてプーは致命的ともいえるほどの寝坊助だった。

一度寝たら、まず、絶対に起きない。夜に寝て、夕方に目を覚ますのが常の生活。当然、大学の講義などに出席できるはずもなく、事実、単位を取れずに留年を繰り返している。

さらに、生来のモノグサな性格が災いして、クラリネットの練習も次第にしなくなってきた。

明日やればいいんだなぁ、と言いながら。

おまえ《メモリーズ・オブ・ユー》練習しないでいいのか?

うん、あれは難しいから、そのうち吹けるようになればいいんだなぁ。

そんなこと言ってたら、彼女、他の男に取られちまうぞ。

うっ、それは困るなぁ。でも今日は眠いから寝るんだなぁ、グー(寝息)。

こんな調子で、いつだってノンビリとしていたプー。

結局、一目惚れした彼女には二度と会うこともなく、クラリネットとベニー・グッドマン熱も次第に冷めてゆき、プーの部屋には大量のモダン・ジャズのCDと、読みかけの小難しい本だけが残った。

よく分からぬまま、買い集めたジャズのCD。

しかし、聴いているうちに、少しずつ好きになってきたアルバムもいくつかあったようだ。

その中でもプーがひときわ好きだったアルバムが、ルー・ドナルドソンの『ブルース・ウォーク』。

特に、冒頭のタイトル曲がお気に入りだった。

一度聴いたら二度と忘れないシンプルで印象的なテーマ。

ルー・ドナルドソンの哀切極まりないアルトに、ハーマン・フォスターのピアノが拍車をかけるように演奏をマイナーなムードに染める。

ボンゴの参加がイヤが応でも土着的な雰囲気を醸し出す。

寂しげなくせに、どことなく飄々とした軽やかさも感じられる、絶妙な気分の配合バランス。

これ、いいんだなぁ。

金太郎のようにコロコロした人懐っこい顔を、思いっきりしかめたプーは、慣れない手つきで煙草に火をつけ、お世辞にも決まっているとは言いがたい子供のようなポーズで、煙草を挟んだ指をおでこに当てながら、「ふーっ」と煙を吐き出すのが常だった。

その仕草のあまりの似合わなさっぷりに、プーは、ルー・ドナルドソンの“ルー・ドナ”に引っ掛けて、“プー・ドナ”と呼ばれて笑われていた。

私は今でも、《ブルース・ウォーク》を聴くたびに、精一杯かっこをつけたつもりのプーの顔を思い出す。

今頃、やつはどこで何をしているんだろうなぁ。

album data

BLUES WALK (Blue Note)
- Lou Donaldson

1.Blues Walk
2.Move
3.The Masquerade Is Over
4.Play Ray
5.Autumn Nocturne
6.Callin' All Cats

Lou Donaldson (as)
Harman Foster (p)
'Peck' Morrison (b)
Dave Bailey (ds)
Ray Barretto (conga)

1958/07/28

記:2003/04/12

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