カフェモンマルトル

text:高野雲

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基準はチェンバース~ポール・チェンバースのベース

      2017/05/19

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人は誰しも「定点」を持っている。

「日ごろ一番慣れ親しんだもの」と置き換えても良い。

つまり、その人独自の基準。

味覚で言えば、幼少時より一番接触回数の多い母親が作った料理、いわゆる「おふくろの味」なのだろうし、歌謡曲しか聴いている人にとってみれば「歌のある音楽」がその人にとっての音楽の定点、「歌のない音楽」は「それ以外の音楽」という括りに分類されるのだろう。

リズムで言えばブラジルの人にとってみれば日本人には拍子の取りにくい「2-3」あるいは「3-2」なのだろうし(逆に向こうの人は「1・2・3・4」というイーブンなリズム刻みが苦手)、幼少時から「マクドナルド」に慣れ親しんだ子供にとっての「ハンバーガー」の味の基準はマクドナルドのハンバーガーなのだろう。

人は無意識にカラダの中に染み付いた「クセ」を基準にモノゴトを比較し、判断をする作業を行っていると思う。(そこらへんは「リズム考」や「旋律考」を読んでいただけると有難いです)

>>リズム考
>>旋律考

「定点」よりも上か下か、右か左か。

「定点」よりも良いのか悪いのか。

「既知」の「定点」から、あまりにも逸脱しているので「判断不能」。

「既知」の「定点」とは比べようもないけれども、好感(不快感)を感じる。

このように人は自分の中の「原則」に準じた上で物事の判断を下している。

さて、私にとってのベースの「定点」、それはポール・チェンバースだ。

他のベーシストを聴くときも、「音程」「スピード感」「音色」「テクニック」「ライン」などの情報はすべて「チェンバースが基準」になっている。

スコット・ラファロはチェンバースよりもソロもバッキングも音符をたくさん弾くから「チェンバースより」も「弾く」ベーシスト、リロイ・ビネガーは「チェンバースより」も後ノリだから、すごくタメの効いたベーシストだな、と思うし、チェンバースのアルコ奏法の音色は正直言って汚いが、ジョージ・ムラツのアルコを聞くと「チェンバースより」もアルコ奏法の上手いベーシストという位置付けられる。

私はジャズを聴きはじめたときは、初心者向けのガイドブックなどに紹介されている「名盤」と称されるアルバムを中心に購入していたのだが、その中で最も多かったのが「ブルーノート」「リバーサイド」「プレスティッジ」の3レーベル。当然これら3つのレーベルの半ばハウスベーシスト的な役割のポール・チェンバース参加のアルバムを多く耳にすることになる。

ジャズのベースってこういうものなのか、と思うと同時にジャズの初心者で情報の少なかったの当時の私にとっての判断基準は「チェンバース的」「非チェンバース的」という二分法でしかなかった。

また、私がベースを習い始めたとき。

音楽学校の資料棚にチェンバースのラインを採譜した譜面がたくさんあった。「おっ!チェンバースの譜面だ。この曲も知っているし、あの曲も持っているぞ!」となって、片っ端から譜面をコピーして、家でチェンバースのラインをコピーしまくった。チェンバースのラインを追いかけているうちに、コードやスケールに対してのベースラインのアプローチのクセみたいのものが、なんとなくだけど無意識に分かってきた。

分かったといっても、今考えてみれば「方法」が理解できたのではなく、「チェンバースの思考回路」を理解しただけなのだけれど。

ただ、実際にベースを弾きながら得た感触なので、言葉や理論ではなく、「体感的に」チェンバースのベースの大雑把な雰囲気みたいなところは、ほんの数パーセントだと思うが、私の中にも無意識に吸収されていると思う。というか、そう願いたい。

このように「聴くも弾くもチェンバース」状態の私だったので、おのずとジャズの4ビートの基準はチェンバースになってしまうのも無理もないことだと思う。

そして、これは別に悪いことだとは思っていない。

むしろ、オーソドックスながらも実力のある素晴しいベーシストに最初から慣れ親しむことが出来て良かったと思っている。

チェンバースのラインはよく歌う。

レッド・ガ-ランドの『グルーヴィー』(Prestige)の1曲目、《Cジャムブルース》のベースラインを聴いてみて欲しい。相当にゴキゲンだ。

まるで鼻唄を歌っているかのように楽しげで真面目すぎないベースライン。

そして、このラインを奏でるチェンバースの音色は太くたくましい。

グルーヴィーGroovy

マイルス・クインテットの一連の作品を例にあげるまでもなく、音色一発の存在感。もちろんフロントを鼓舞することは忘れていないだろうが、深くダークに沈んだ音色はまさに縁の下の力持ち。

チェンバースのノリは強固な堅実さを誇る。

若かりし秋吉敏子がニューヨークを訪れた際、最初に入ったジャズクラブでいきなりチェンバースの演奏に出くわした。

彼のベースプレイを聴いて「ニューヨークってこんなに凄いベースがゴロゴロしているんだわ」とビックリしたそうだ。

しかし、後になって気付いてみれば彼女が見たのはポール・チェンバースという若手ベーシストで、彼ほどの力量の持ち主はニューヨークにもそうそういないということを知ったそうだ。

この事実からしてみても、チェンバースの力量が分かろうというものだ。

とにかくグイグイと強力に時間を牽引していく彼のベースのノリは強力だ。

チェンバースのアドリブはバップフレーズの宝庫。

音色の違いであまり気が付かないかもしれないが、パーカーフレーズをベースに翻訳しているフレーズがベースソロの随所に散見されている。

パーカーの「パップ・フレーズ」は当時はかなり前衛だったらしいが、今やジャズの最もポピュラーな「慣用句」だ。今でも音楽学校やジャズの教則本では「パーカーフレーズ」は最もお手本とされる頻度が高いし、実際楽器をやっている人は自分のアプローチが「パーカー的か」「非パーカー的」かを常に意識し、自己のスタイル研鑽における座標軸の確認に使うことも多いのではないか?

彼のソロを分析、コピーすることはすなわちパーカーフレーズの学習にもなり、いつの間にかジャズの常套区が身に染みてくることになる。

そしてレコーディングの多さ。

彼が多数のレコーディングに参加していた時期はまさにハードバップの百花繚乱の時期。数々の名うてのプレイヤーが様々なスタイルで様々な曲を演奏している。つまりチェンバース参加のアルバムを数枚そろえれば、ブルースからスタンダード、はたまたジャズメン作曲のリフナンバーからバラードまでと、一人のベーシストの様々なアプローチを堪能することが出来る。

そしてこれらのレコーディングを聴くにつれ、いかにポール・チェンバースというベーシストは全天候型で、実にバランスの取れた堅実なベーシストかということが分かるだろう。

音楽的に懐が深く、なおかつベーシストにとって永遠の教科書。
それが私にとってのポール・チェンバースだ。

記:2000/01/04(from「ベース馬鹿見参!」)

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