カフェモンマルトル

text:高野雲

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この美しさの背景は絶望と虚無にあり~エヴァンスの『I Will Say Good-Bye』

      2017/05/19

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能天気に「美しい」とは言えない

えーとですねぇ、

(小さい声で)ひそひそ、

じ、じつは、あんまり大きな声では言えないんですけど……、

ぼ、ぼく、実は、エヴァンスのこのアルバム、けっこう 好きなんだよね(照)。

ビル・エヴァンスの『アイ・ウィル・セイ・グッバイ』。

I Will Say GoodbyeI Will Say Goodbye

いや、べつに照れる必要もないんですが、このアルバムの甘美に輝く音世界を前にすると、色々な意味で、ストレートに「いい・好き」と言うには、ちょっとだけ抵抗があるのだ。

甘く美しいものを好きだという気恥ずかしさからじゃないよ。

この美しさは、たんに美しいために生み出された美しさではなく、エヴァンスというピアニストの絶望と虚無の果てに生み出された結晶だと思うと、なんとなく安易に手放しに、「きれーだよねー」「けっこーさー、好きなんだよねー」みたいなことを能天気に言う自分が恥ずかしく思うのだ。



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美しさに潜む暗黒面

ちょうど、このアルバムの録音の前に、彼は2人近しい人をを亡くしている。

しかも、二人とも自殺。

一人は兄。
ピストルで頭を撃ち抜いた。

一人は元妻。
地下鉄に飛び込んだ。

最高の相棒だと思っていたスコット・ラファロが死んだときも、ラファロが着ていた上着を着て、茫然自失な状態で夜の街を彷徨い、およそ1年の間はピアノを弾く気力さえ失っていたエヴァンスのことだ。

さらに自分の身近な2人が立て続けに自殺でこの世を去ったわけで、この世に取り残されたオレっていったい何?と考えていたのかもしれない。

このような喪失を味わった男の出すピュアな音、美しすぎて壊れそうな世界っていったいなんなの?

客がざわめけばざわめくほど、余計に静かで耽美的な音を抽出しようとする、ちょっと屈折した表現者のエヴァンスのこと。

きっと、『アイ・ウィル・セイ・グッバイ』に封じ込められた音の美しさとは裏腹に、ピアノを弾いているときのエヴァンスの心の中は絶望、あるいは虚無的な精神状態だったのかな?などと余計なことをついつい考えながら聴いてしまうのだ。

桜の木の下には死体があるというような詩があったと思うが、それと同様、エヴァンス奏でる美し過ぎる音の裏には、凡人にははかりしれない「暗黒面」が内包されているのだ。

すべてのジャズがそうとは限らないが、優れたジャズは、普通の生活を送る一般人にとってみれば、毒にも薬にもなるほど、強い影響力を有している。

美しさの中にぽっかりと穴を開けた暗黒面、ノリノリの演奏の中にふと見え隠れする退廃的甘美さ、フレーズとフレーズの合間に感じるやりきれないほどの切なさ、かつ刹那さ。

こういうことに気づき、これらに魅せられると、もう戻ることは出来ないほどのジャズ中毒症状に陥ってしまう人多い。

この毒にも薬にもなるほどのジャズから受けるパワーをプラスに転化している賢い人もたくさんいるが、毒されてバカになってしまう人だっている。

いい例が、この私だ(笑)。

記:1999/07/22

album data

I WILL SAY GOODBYE (Fantasy)
- Bill Evans

1.I Will Say Goodbye
2.Dolphin Dance
3.Seascape
4.Peau Douce
5.Nobody Else But Me
6.I Will Say Goodbye [Take 2]
7.The Opener
8.Quiet Light
9.A House Is Not a Home
10.Orson's Theme

Bill Evans (p)
Eddie Gómez (b)
Eliot Zigmund (ds)

1977/05/11-13

 - ジャズ

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