カフェモンマルトル

ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

排他的ジャズファンに陥る危険性

      2017/08/27

Pocket

一般にジャズは聴けば聴くほど、好みは狭くなってゆくものだ。

たとえば、熱烈なブルーノート好きが、熱烈なECMマニアでもあるというような話は聞いたことがない。

つまり、様々なジャズを聴いているうちに、しっくりくるジャズ、しっくりこないジャズ、気持ちよいゾーン、気持ちよくないゾーンなどがだんだんわかってきて、自分が好きなエリアがだんだんと分かってくるのだ。

そして、少しずつ自分の好みのエリアが定まってくると、自分の好きな分野を偏愛するあまりに、他のエリアの音や、ファンに対して排他的な言動をとってしまいがちになるのだが、それは慎みたいことだ。

またジャズは知れば知るほど、聴けば聞くほど、読めば読むほど知識量もおのずと増えてくる。
だからといって、その知識をひけらかすことは慎みたい。

当然、入門者よりもマニアのほうが知識量は多いことは言うまでもない。
ましてや、評論家と普通のファンとの間では知識量や切り口、見解などには大きな差があることは仕方のないことだろう。

しかしだからといって、入門者は臆することなく、ブログなどで自分が好きなジャズについて書けばいいと思う。
感想をアップすることによって、思わぬつながりが生まれることもあるからだ。

アマチュアのジャズファンゆえ、知識や見解がプロの視点から見れば甘いと思うこともあるだろう。しかしだからといって、一介のプロが目くじらを立てて、彼らの揚げ足を取ることはルール違反だし、品性を疑う。
ましてや、揚げ足取りの理由が「アマチュアブロガー」や「素人」などといった、音楽とは無関係な、相手の「立場」を揶揄するような言辞は、もはや人としてのモラルを逸していると言わざるをえない。

ジャズにのめり込み過ぎると、自分の世界観が形成されることは良いのだが、それゆえに排他的な姿勢に陥ってしまう危険性があるということは、念頭に入れておきたいことだ。

記:2010/06/20

●関連記事
>>わがままジャズおっさんに注意!「好き嫌い批評」の面白さと弊害

 - ジャズ